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手を引いて、参道を登る。島の状況は粗方把握しているそうだ。流石の偵察。どちらかと言うと人海戦術に近い気もするが。

件の鳥類はいないという結論に至ったらしい。それどころか、見るからに怪しい、何か嫌な感じがするような、そういう輩さえ引っ掛かっていないと言う。のに、何となく殺伐としているのは何だろう。そしてちょこちょこ見知った顔をよく見かけるのは何故だろう。そんな分かりやすく尾行してていいのか。今目が合ったぞ。手を振ってる場合じゃなかろう。

「一応わたし一人で行くのかと思ってたんですけど」
「おれとの約束と、どこのどいつとも知れねェやつとの約束」
「そりゃ勿論イゾウさんとの約束の方が大事ですけど」

大事ですし怖いですけど。破った後とか。さっきのは勢い余っちゃった感がなくもなかったけど、次にやられたら本気で色々諦めなきゃ駄目だと思う。人権とか。自由とか。腕には赤い痕が残っている。それはもうくっきりと。

それとは別に、ずっと、首と背中の境目辺りがぞわぞわしている。寒いとも、痛いとも似ている。擦れ違った、見知らぬ人と目が合った。睨まれたとも言う。ぶつかられなかったのがいっそ不思議なくらい。隣にイゾウさんがいたからだろうか。

「何でか知ってます?」
「イズルの所為じゃねェ」
「知ってるけど教えてはくれないわけですか」
「ちゃんと知ってるわけじゃねェからな」

…へえ。わたしとっても気になる。だって睨まれたのわたしだし。よくよく見渡せば、何か。やたらと視線が刺さる気がしなくもない。ぞわぞわの正体はお前か。イゾウさんを見てるのかと思ってたけど、そうでもないのか。それともそうでもあるのか。どっちにしても悪意が混じっている。

言葉も会話も少なく、上がりきった先に見覚えのある建物が待っていた。あの辺で追い詰められたなあ、とか。五円で怒られたなあ、とか。そう言えばイゾウさんの旦那発言はここからか、とか。思うことも懐かしいことも結構色々あるんだけど。感慨に浸れる空気でもない。いや、一人で浸ってはいるんだけど、流石に口に出せる雰囲気じゃない。

敷居を跨いで、人っ子一人いない境内を見回す。綺麗にはされているけども、吹き曝しのようだ。気温が低いわけでもないのに寒い。奥さんは若い男だと言っていた。ふらっと店に来て、出てきた奥さんに首輪を嵌めて、わたしを連れて来いと。そう言われて放り出されたらしい。…まあ、日本人の危機管理能力なんてそんなもんだ。わたしが著しく低いわけじゃない。ところでマスターはどこ行った。

「本殿て言ってましたっけ?」
「ああ」
「あれは拝殿ですかね?」
「たぶんな」
「探す気あります?」
「ねェ」

この野郎。ここまで来てまだ言うか。イゾウさんが嫌がってるのは知ってるし、我儘を言っているのはわたしだけども。

重たい手を引いて拝殿の裏に回り込む。大体の場合、本殿は拝殿の裏にあるもんだ。ぱっと見でそれらしい建造物はなかったけれども、鬱蒼とした草木が踏み倒された場所を見つけた。大分苔ているが、階段になっている。

「…」
「ここまで来たんだから行きますよ」
「…来たくて来たわけじゃねェ」
「それは、…知ってますけど」
「おれはこの島のやつがどうなったって知ったこっちゃねェ。イズルが何者だとか、どこから来たとか、絡まれる理由だとかに興味もねェ」
「…前者は兎も角、絡まれる理由については知りたいんですけど」
「可愛いからだろ?」
「絶対違う」
「イズル」

繋いでいるのと反対の手が頬を包んだ。大きくて、硬くて厚い手。基本的に、わたしに触れる時は手加減してくれていることを知っている。さっきの取っ組み合い、…合ってはないけど取っ組まれたのだって。たぶん本気にならなくても骨とか粉砕されてしまう。

「…イゾウさんのいない所には行きませんよ」
「…絶対?」
「絶対」

口を一文字に引き結んで、イゾウさんがわたしの手を引いた。憂いた顔も美しゅう御座いますね。なんて、今言ったらぶっ飛ばされそうだけど。逞しく枝を伸ばす草木を分け入って、雨上がりでもないのに滑る階段を上がっていく。本当によく滑る。何でそんな易々と上がれるのか教えてほしいんだが。

階段を上がった先、ぽっかり空いた空間に歪な大木がのっそりと立っていた。青々と葉を繁らせた、木肌を見ると桜だろうか。太い注連縄と立派な根を這わせる姿は相当な迫力と威圧感がある。本殿とはちょっと違う気がするけども。



***

「ホンデンってこれじゃねェのか?」
「おれが知るか。ついてきゃいいんだろ?」
「馬鹿馬鹿馬鹿!ばれねェようにって言われてんだろ!止まれ!」
「んなこと言ってもよォ、見失ったら追っかけらんなくなるぞ」
「ばれないようにっつっても一応だろ?どうせ潰すんだから変わりねェ」
「だからって無闇に突っ込んだらイズと一緒だぞ!」




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