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「だから言ったろ?無茶すると船から出らんなくなるってよ」
「そういえば言われたかもしれません」
「もう船で留守番してろよ。おれらでどうにかするからよ」
「…そういうわけには?」

ロハンさんが大きくて深いため息をついた。海溝の底まで届きそうだ。ごめんて。ごめんだけど、わたしも行きたい。知りたい。

「イズル」
「はい」

何処かへ行って帰ってきたイゾウさんが再びわたしの前にしゃがみ込んだ。驚いたことに、縄はそのまんまでどっか行った。外せや。腕固まって戻らなくなりそうなんだが。

「約束だ」
「はい?」
「必ず、おれの手が届く場所にいろ」

真面目な顔をして、イゾウさんはそう言った。イゾウさんがふざけた顔してたことなんてないけど。輪をかけて真面目な顔でそう言った。何か。少し悄気ていておかしい。可笑しい。

「四六時中は無理です」
「…」
「でもイゾウさんがいないところには行きませんし、行きたくないです」

誰かが口笛を吹いた。止めろ。蛇が出るぞ。正確には父さんも兄さんも姉さんも弟も妹も皆引っくるめて、だけど。ちょっと顔色が戻った。何と言うか、柔らかくなった。ちょっとだけ。

「取り敢えず今回の案件に収拾がつくまではイゾウさんの半径80cmくらいにいるようにします」
「いや、物理かよ」

入口から聞こえたサッチさんの突っ込みに、食堂内がざわりと笑う。隣にはマルコさんもいる。そうです、物理です。だってわたしは、イゾウさんなら世界の裏っ側まで手が届くと思っている。

「イゾウ、イズル連れて船長室来いよい」
「ああ」

えっ、このまま?わたしこのまま?縛られたまま父さんのとこ行くの?このまま?
今マルコさんと目があった。何か言え。どうにかして。

「…あー、一応外してやれよい」
「あ?」
「オヤジにその恰好見せるわけにいかねェだろい」
「…」

おいこら。今不満そうな顔したな。痛いんだぞ。もう大分感覚ないけど。

それでも、大人しく背中に回ったイゾウさんが縄を引き千切った。もう一度言いたい。引き千切った。ぶちっ、て音がした。間接が固まって上手く戻らない。

「…あの、」
「これなら手の届く範囲からいなくならねェだろ」

握り込まれた手に指が絡む。それは、まあ、そうだけど。大分恥ずかしいんだけど。距離を取りたい。あと20cmくらい。

「喧嘩してるって聞いたんだけど、何?もう仲直りしたの?」
「してねェ」
「お帰りなさい」
「ただいまー。してないのはどっち?喧嘩?仲直り?」

食堂から出るなり、足取り軽くやって来たハルタさんがちょっかいをかけて来た。一緒にいたジルさんが片手を上げてにっかり笑う。

「お帰りなさい」
「おー、ただいま」
「何かあったんですか?」
「あったのはこっちだろ?マルコに呼び戻された」
「マルコさんに?」
「また何かやったのか?」
「…たぶん」
「たぶん?たぶんどっちだ?」

たぶん、やりました。無自覚と言うには大分苦しい。確かにやらかしました。一人で突っ込もうとしました。冷静になれば暴挙と思うけど、あの時はもうそれしかないような気がしてたんだよ。売られたら買っちゃう。借金してでも。

マルコさんが開けた船長室には父さんと他11人。今はわたし入れて17。この前はリノンとルーカがいたけど。できれば退出したい。けどイゾウさんの手が剥がれない。

「言いてェことは色々あるが…」
「ごめんなさい」
「本当にわかってんだろうなァ?」

眉を歪めて首を傾げた父さんに頷いて返す。わかってる。直るかどうかは別だが。

父さんが隣に視線をやって、マルコさんが頷いた。32の視線が刺さる。針山じゃないぞ。

「で?どうする気だよい」
「…わたしが聞かれてます?」
「無茶しようとしたのはイズルだろい。それともイゾウに聞くか?」
「本丸攻め落としちまえば終いだろ」
「よい」
「…」

そうなんだけどさ。確かに終いではあるんだけどさ。兄さんたちが出てったら、あっという間もなく一網打尽だろうけどさ。

「それには賛成なんですけど、その前にちょっとだけ調べたりしたら駄目?ですか?」
「駄目かって聞かれたら駄目って言いたいんだけどよ、イズはそれじゃ納得しねェんだろ?」
「…そうですね」
「しかも人伝じゃなくて自分で見たい聞きたいとか考えちゃってるわけでしょ?」
「……そうですね」
「どうしようもねェな」
「どうしようもないねい」
「どうすんの?隊長さん」
「どうしようもねェだろ」

…ごめんなさい。でもそんなに言わなくたっていいじゃん。

「全隊は要らねェ。うちだけで釣りが来る」
「おいおい、おれたちは遊んでろってか?」
「人数揃えたって邪魔でしょ。遊んでればいんじゃない?」
「向こうの要求はイズ一人だろ?大っぴらについてくつもりか?」
「一人で来いと明言されたわけじゃない。そして、おれたちに追いかけるなとは言われていない。そうだろう?」
「どっか船に残れよい。空にするわけにはいかねェだろい」
「マルコが残れば?」

…ああ、もう本当に。どうしようもないな。当事者を余所にとんとんと話が進む。父さんを見上げたら、あんまり自慢げに笑うもんだから笑って返した。父さん自慢の息子。それから、わたし自慢の兄さん。…と、旦那さん。



***

「マルコ、全隊呼び戻してくれ」
「…本気で連れてく気かよい」
「行きたいってんだからしょうがねェだろ。幸か不幸か知らねェが、ドフラミンゴはいねェ」
「甘やかし過ぎだよい」
「ま、イズを餌にすんのが一番手っ取り早いのは認めるけどな…っ、待て待て冗談だって!」




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