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何もない。誰もいない。ぐるぐると大木を回って三周目。それはそれで楽しいけども、それらしきものもそれらしき人も見事なまでに何もない。ただ立派な大樹がそこに立っている。

「違ったんですかね」
「さァな」

気のない返事に半ば諦めの気持ちが浮かぶ。そりゃ知りたいし、何とかしたい。でも心血注ぐのは面倒くさい。あんまりどうにもならないようならもういいや、と言って投げ出したい。かと言って現状に妥協できるわけでもない。だって姉さんとも出掛けたい。

そんな雑念がぐるぐると渦を巻く。集中力とか緊張感とか、色んなものが切れてきている。呼び出しといてどういうつもりだ。どこの誰かは知らないが。

「…これ登れますかね?」
「登ってみるか?」
「いやでも、一応御神木的なあれですよね」
「おれが信じてるわけじゃねェ」

空いている手で木肌に触れる。ざらりとした、普通の木だ。注連縄が張られてる時点で普通ではないんだけど。登れるか登れないかって言ったら登れる。下の枝に手は届くし、足を掛ける場所もある。だってもうあと見てない場所なんてこの上しか。

「…?」

上の方で何か音がした。硬い物がぶつかるような、小銭でもばら蒔いたような。気のせいと言われたら気のせい。枝がぶつかっただけと言われれば、まあ。

それでも気になって、上げていた顔を更にのけ反って、足が滑った。苔か。何だ。こういう気持ちが切れてる時って大体何かやらかすんだ。わかってたのに、わかっててもやるんだな。こんな凸凹の所で受身が取れるか。

「イズル!」

支えに出した反対の足がそのまま地面を抜けた。生温い、湿った風が吹き抜ける。待て。何だ。誰だ。足首を、掴んでいるのは。

ぞわり、としてイゾウさんの手を握った。駄目だ。絶対駄目だ。手を離したら駄目だ。足元がどうなってるかは知らないが、この手を離したらどうにもならなくなる。腕が抜けたっていい。肩が外れても頑張るから。手だけは。




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