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「イズル」 髪が持ってかれて落ちた。梳くような、撫でるような、それで誤魔化されると思うなよ。脚をうぞうぞさせて何とか体を起こせば、目の前にイゾウさんがしゃがんでいる。 「片を付けたいのはわかる」 「…」 「だが、イズル一人で行っても片は付かねェ」 「…だって一人で来いって言うから」 「イズルは素直で可愛いな?だが、全部鵜呑みにしてるとろくでもねェ奴に騙されるぞ」 「…イゾウさんみたいな?」 「そうだな」 ぱちり、と瞬いたら眇られた。笑ったのか、睨んだのか、ちょっとよくわからない。一つだけ、わたしの棘が落ちた気がする。 「わたしイゾウさんに騙されたんですか?」 「自分で言ったんだろ?」 「いや、…その、ちょっと意趣返しというか、そんな感じだったんですけど」 「ならこんな真似されると思ってたか?」 「…思ってなかったですけど」 「おれもするとは思わなかった」 大きく息を吸って吐いて、イゾウさんが目を閉じた。伸びてきた手が頬から首へと落ちる。親指で輪郭をなぞりながら、イゾウさんが目を開けた。 「おれの方が聞きたい」 「…何をですか」 「何でいなくなろうとする」 「してませんけど」 「してる」 「してません」 「してる」 「してません」 「…して、」 「してませんてば!まさか最近機嫌悪かったのそれじゃないでしょうね!」 ごちん、と音がした。ぶつけた額が痛い。そして睫毛が長い。その奥に映ってる自分の顔が泣く一歩手前のような顰めっ面になっていて。情けない。睨んでいるつもりなのに全然そんな顔じゃない。別に悲しくないし、泣きたいわけでもない。強いて言うなら悔しい。 「何考えてんのか知りませんけど、ちゃんと声に出して、言葉にしてください!わかんないって言ってるじゃないですか!」 「ならどこにも行くなっつったら、ずっと、おれの傍にいんのか?」 「どうするかは別の話ですけど!」 「なら言ってもしょうがねェだろ」 「それなら!…わたしは、イゾウさんに言っても反対されるから、勝手に一人で船から出てったらいいんですか」 「駄目に決まってんだろ。閉じ込めるぞ」 「じゃあ、イゾウさんもちゃんと言ってください。会話はコミュニケーションの基本です!」 額を押し退けた反動でイゾウさんの手が外れた。そのまま倒れて後頭部を椅子の脚にぶつけた。痛い。情けない。下敷きになった腕が痺れて辛い。幾ら何でもやり過ぎじゃないですかね。確かに無茶しようとしましたけど。 「…一人で行くのは無しだ」 「一人じゃないです。奥さんと二人です」 一進む。振り出しに戻る。そもそもわたしに用があるんなら向こうから出向くのが筋では?アヒルだかフラミンゴだか知らないが。 「…そんなに嫌か?」 「は?」 「そんなにおれに、おれたちに頼んのが嫌か?」 「いや、別に嫌とかじゃないですけど」 「嫌じゃねェなら何なんだ。本気で一人でどうにかできると思ってんのか」 「…そういうわけでも」 「なら何だ?どういう理由だ?おれはちゃんと頼れって言ったよな?何度も何度も、何度も言ってる筈だよな?」 あ、まずい。旗色が悪くなってきた。転がったまま、目線が徐々に明後日の方向に逃げる。何で。何で?何でって言われても。別に嫌とかじゃなくて、何と言うか、…ああ、そう。 「お、もい至らない?から?」 「あァ?」 「こう、最初の、咄嗟の選択肢に、誰かにお願いするっていう発想が、ちょっと、縁遠いと言うか…っ、」 勢いよく伸びてきた手に目を瞑って首を竦めた。がっ、と椅子が動く音がして、わたしの頭が床に落ちた。間にイゾウさんの手が挟まっている。真上には上がった口角と細くしなった目。怖い。目が笑ってない。正直一発殴られるかと思った。 「イズル、もう一回言うぞ。一人で行くのは、無しだ」 「…い、一緒に来て…?」 「最初からそう言え」 大きくて深いため息と一緒に、二の腕を掴んで引き起こされた。まだまだ、まだ不満そうな顔をして。わたしが馬鹿なのは認めるから許して。 *** 「あーあー、もうどうしようもねェな」 「何かありました?」 「一緒に来てってことはイズが行くのが前提だろ?本っ当に、じゃじゃ馬どころじゃねェよなァ…」 「ねえ!奥さんが何かあったって聞いたんだけど!?…待って、何やってんの?」 「おー、奥さんなら今ナース連中に任せてる。おれたちじゃあおっかねェだろうしなァ」 「あ、うん。それでこれは何?」 「イズが無茶しようとしてイゾウ隊長がキレた」 「そんな感じだな。まだキレてねェけどな」 「あー、うん。成る程ね。おれ奥さんのとこ行ってくる」 「何だ、意外と素っ気ねェな。イズルに何してんの!とか言わねェの?」 「…正直、そのうちやると思ってた」 |
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