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何でこんなことになった。そんなつもりはなかったのに、どうして。
そう泣いて喚いたところで誰かが背負ってくれるわけじゃない。現状を構築しているのはわたしの選択の積み重ねだ。どこでどう間違えたかなんて、いっぱい思い当たるし一つも思い当たらない。ただ、なるようになった。わたしはまた選ばなくちゃいけない。

食堂でお喋りをしていた。夕飯が終わって、酒が入って、夜中が近くなった頃、エースさんがお客さんを連れてきた。顔は雷雨に降られたようにべたべただったけど、わたしはその人を覚えていた。

「落ち着けイズ!あのくらいならおれたちで外せる!」
「落ち着いてます。外してどうするんですか。あの人だけとは限らないでしょう。外して、家に帰して、またつけられたらどうするんですか。毎回外しに行けるんですか」

食堂を出るか出ないかのところで押し問答をしている。どうしてこうなった。出ていこうとするわたしと、それを引き留めようとする兄さんと。負け戦だ。一人だって無理なのに束になった兄さんたちに敵うわけがない。

「だからってお前一人で行ってどうする!言っちゃァ悪いが、殺されて終わりだ!」
「利用価値があるから呼びつけてるんでしょう。殺したいだけならこんな手間かけな、」
「そういう問題じゃねェ!一人じゃ危ねェっつってんだよ!」
「わたしが言い出した喧嘩なのに、わたしばっかり安全圏にいたらおかしいじゃないですか!」

あ、あなたを連れておいで、って。本殿で待ってるって。ごめんなさい、こんなこと、あなたにこんなこと言うなんて。行っちゃ駄目だと思うの。本当よ。本当だけど、こんな。

震える声で何度も謝りながら、あの、何だっけ、ルーカがお世話になってた…ヤマトの。ルーカは奥さんて呼んでたっけ。彼女はわたしを見ながらそう言った。可愛いらしかったにこにこ笑顔は見る影もない。首に嵌められた輪っかは数時間のうちに作動すると言う。どう作動するかは知らない。知らないけども。

「イズル!いいか、お前の言ってることは正しいかもしれねェ。でも、おれたちはそんなもん知ったこっちゃねェ!お前一人では行かせない。これは絶対だ!」
「ならわたしだって知ったこっちゃな…っ、」

兄さんたちに揉みくちゃにされて、腕に痕がつくほど掴まれて、視界が回って床に叩きつけられた。痛い。受身どころではない痛い。いっ、痛い痛い痛い腕取れる。

「離してくださいイゾウさん!」
「へェ、よくわかったな」
「そのくらっ、い…っ、」
「縄」
「は、はい」

いつ戻って来たのか、もしかして誰かが呼びに行ったのか。背中で腕が捻られて、それだけで身動きが取れない。いや、だけじゃないな。重い。動こうとすると肩とか肘とか間接が軋む。涙出てきた。

「いい子だから大人しくしてな」
「なんで、」
「何で?本気で言ってんのか?」

あ、怒った。いや、その前から。ぎしり、と軋んだ縄が腕に食い込んで痛い。強く絞めすぎでは?そんなにされたら鬱結する。そして折れる。

「おい、イゾウ。あんまりやると外れるぞ」
「…わかってる」

サッチさんのずれた指摘に、縄が少し緩んで擦れた。結局痛い。外れるって何が。肩?肘?あ、手首?もしかして全部?その前に突っ込むところがあるのでは?

別にわたしの所為じゃない。奥さんがこんな目に遭ってるのはわたしの所為じゃない。けど。

「わたしが行けば何かあるんでしょ!?」
「あるから駄目だっつってんだよ」

捩ってもがいて、びくともしない。足音が回り込んで頭のすぐ傍で止まった。頭を撫でる手に押さえ込まれて顔が見えない。身動ぐだけで軋む音がする。自由な脚が椅子か机かを蹴った。倒れもしなかった。

「それとも、反故にするか?」
「…何を」
「約束」
「…?」
「絶対、一人にはなるなっつったろ」

…ああ、何か。言われたっけ。忘れてたな。わたしの好きにさせてくれる。代わりに誰か隊長が一緒にいること。絶対一人にはならないこと。わかった、と言ったかどうかは曖昧だけども、流石にそんなこと言えない。ずっと、外にいた癖に。腕もげたらどうしよう。

「…何か代案があるんですか」
「ねェな」
「は?ないんですか?」
「おれは明確に優先順位を決めてる。先ずイズルと家族。他は二の次だ」
「…目の前で死ぬ目に遭ってても?」
「どうにかできんならどうにかしてやるが、イズルに何かあるんなら無しだ」

わかってる。わかってるってば。わたしの為だってわかってるんだってば。

「…って」
「ん?」
「だって!どいつもこいつもわたしに用があるわたしに頼みがあるって特別何かできるわけでもないのにわたしがわたしがって、わたしはあんたらに用なんかないし!あんたらの為にいつまでもどこまでも何か気にしながら気にしてもらいながらやってかなきゃいけないとか絶対やだし!確かに最初に首突っ込んだのはわたしの興味本位と浅はかな好奇心ですけどだからってここまで付き纏われる謂れはありませんし!いい加減しつこい!うるさい!」
「イズル、」
「こっちから乗り込んでって片が付くなら手っ取り早く済ませたいんですよ!」

迷惑かけるのも迷惑かけられるのも嫌。目立つのも目をつけられるのも嫌。何でもいいからわたしの、ちょっと乱暴で馬鹿馬鹿しい日常を返してくれ。いや、首突っ込んだのわたしだけども!



***

「ちょっと!何で止めないの!」
「いやァ、ありゃどうしようもねェだろ」
「頭は悪くねェのに馬鹿だよなァ。駄目だっつってんのになァ」
「だからって縛るなんてやり過ぎよ!痕になったらどうするの!」
「縄ならまだましだろ。そのうち海楼石が出てくるぞ」
「男はこれだから…!ちょっと麻酔でも何でも撃てばどうにでもなるじゃない!」
「…ナースもなかなかおっかねェよな」




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