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HLA型というものがあるらしい。難しい事はよくわからないが、白血球の血液型みたいなものだと。リリーさん曰く、これが違うんだと。此方の型に当てはまらない構造をしているんだと。わたしと、ルーカは。

「一緒?」
「…ええ、一緒よ。大丈夫。人間とミンク族くらい一緒」

わたしが差し出した両手を握って、握り返して。多種族混生社会だとこのくらいの違いは些細なことなんだろうか。目先の心配事は一つだけ。ちょっとくらい違ってもいいから、一緒にいたい。

「あー、イズ。ちょっといいか?」
「はい?」

入れ代わり立ち代わり、上陸しては帰ってきてを繰り返して三日。ついさっき、偵察に出ていたマルコさんとサッチさんの隊が帰ってきた。ハルタさんやジルさんの隊はまだ島内に、ナミュールさんたちは海中で待機してるらしい。いや、本当に。お手数お掛けしてます。

「…イゾウと喧嘩とかした?」
「してません」

わたしの前にグラスを置きつつ、サッチさんが小声で言った。何が原料かはわかんないけど美味しい。梅?っぽい?かな?梅ジュース。

イゾウさんは海兵を追い出して、わたしを中に入れて、頭を一度だけ撫でて外に出ていった。そのまま戻ってきてない。時々、寝てる時にいる気がするんだけど寝てるからわからない。やっぱり何か。何かおかしい。何か余裕がなさ気に見える。見えるだけで気のせいかもしれない。
それにしたって、あの何も言わない癖はどうにかならんもんか。心当たりがないとは言わないけども、言ってくれなきゃわかんないんだってば。

「…どうしたらいいですかね」
「お?何かあったか?」
「あったっちゃあったんですけど、どれがどうして気に障ったのかがちょっと…はっきりしないと言うか…」
「何だ、イゾウが勝手に苛々してんのか」
「何にも言わないからわかりません」
「ああ、なら放っとけ。何か勝手に考え込んでんだろ」

イゾウさんの所為にしてるみたいだけど、でもそうとしか言えない。あっけらかんと提示された案は解決策でも打開策でもない。現状維持。残念ながら大人しく待てる程大人じゃない。

「放っといて拗れたりしません?」
「拗れたらサッチ兄さんが味方してやるよ」
「余計拗れそうなんで遠慮します」

溜め息を吐きそうになって何となく飲み込んだ。発端を遡ったら、それこそわたしの我儘なんだろうから。わたしが溜め息を吐くのは違う。

「イズも大人んなったなァ」
「今の話のどこにそんな要素ありました?」
「いや、前だったら、イゾウに飽きられたんじゃねェかとか嫌われたんじゃねェかとか。そういう変な悩み方してたよなァって」

頬杖をつきながら、サッチさんは感慨深げに、妙に満足そうに言った。わたしは、妙に目の前が開けた気分だ。森の中で迷っていて、抜けたら目の前が崖だった気分だ。

「失念してました」
「あ?」

喉を濡らしてから、今度こそ溜め息を吐いた。正確には深呼吸だ。

「失念と言うより、自惚れていた、ですかね」
「いや、有り得ねェって話じゃねェの?」
「この世に絶対がないなら有り得ないと言い切るのは早計な気がします」
「そりゃ、…まあ、そうだけどよ。え、何?おれもしかして余計なこと言った?」

さっきまでの泰然とした様はどこへやら。今度は顔を覆って何事か呟いている。大丈夫。そのくらいで殺されたりしない。寧ろわたしは感謝している。
飽きられるとか嫌われるとか、全く思い浮かばなかった。いけない。良くない。イゾウさんの好意に安穏と浸かって満足してはならない。それは無限に湧き出るものじゃない。

「おれが今言ったこと忘れてくんない…?」
「忘れはしませんが黙っておきますね」

力無く突っ伏したサッチさんを眺めながらジュースを飲む。ああ、でも。まだ嫌われてる気はしないなあ。この先どうかは兎も角。じゃなきゃあんな風に頭撫でてくれたりしない。



***

「イズルには?」
「言ってねェ。が、時間の問題だろうねい」
「…」
「気づかれないように気をつけろとは言ってあるが、…隠し事に向いてる奴らじゃねェだろい」
「よりによって、イズはそういうの敏いんすよね」
「隊長がしっかりしてりゃ良かったんだがねい」
「ああ、イゾウ隊長の方が参ってますからね」
「…うるせェな」




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