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たぶん、リノンのあれは才能なんだと思う。ある意味破壊神。雰囲気クラッシャー。敬意を込めてKYと呼ばせて欲しい。空気読まない。

「で?これ何の装置なの?」

手に乗せたマグポースを揺らしながらリノンが言葉を続けた。反対の手には釘。大工で使う釘。指輪のように内側を向いて嵌められたそれらは、リノンが手を動かす度にかちかち、とぶつかって音を立てる。何でもいいけど、それ手を握ったら怪我しない?平手打ち用かな?

「この島に辿り着く為の指針。それ以外の使用方法など無いだろう」
「だからあ、それならこれ作ったのベガパンクじゃないよねって言ってんの。その二つが両立する事はあり得ない。絶対に」

リノン曰く、中途半端だと。誰か、特定の人間がいないと機能しない指針など指針ではないと。それはまあ、一理あると思う。不完全さが目につく。加えて、リノンはベガパンクならきちんとした指針が作れる筈だと言った。だっておれにもできるから。

「認めたくないけど、ベガパンクの発明におれが敵うわけないんだよね。そりゃ発明品見て、設計図があってって事なら同じ物もできるだろうけど。おれが思いつくことをベガパンクが思いつかないわけがない。だから、こんな失敗作がベガパンクの発明品である筈がない」
「君がどう思うかは君の自由だが、それなら我々に答えられる事はない。我々はそれがベガパンクの発明品だと聞いている」
「そう、それ!そっちが本当なら、態と性能を落としてる。何か駄作にする意味がある。若しくは必要があるってことだよね!」
「駄作…」
「酷い言い様だな」

ダンデさんが口を開けて閉めた。伸びかけの海兵は目を剥いている。流石に突っかかる元気はないらしい。その代わり身内から突っ込みが入った。失敗作の次は駄作。その次は?がらくたとか?

「おい、リノン。言いたい事があんならはっきり言え」
「えー、でもさあ、これ、…んー、イゾウ隊長怒らない?できればおれの口から言いたくないんだけど」
「聞かねェうちから知るか。このままぐだぐだしてんならぶっ飛ばすぞ」
「横暴だなあ。ええー?じゃあ単刀直入に言うけど、これってイズを識別する為の物だよね?」

ぴくり、と。イゾウさんが反応した振動が伝わってきた。何を隠そう隠しようもなく、まだ引っ付いたままだ。引っ付いてて良かった。きっと顔が引き攣ってる。

言いたくないと言いつつ、言ったリノンは得意気だった。きっとある程度の確信と自信があって言っている。聞きたい。でも聞きたくない。

「あ、正確にはイズたち?かな?いや、ね?不思議だなあって思ってたんだ。どう考えても特定の人間だけに反応する指針作る方が大変じゃん。指針を作るだけなら、材料さえあれば簡単だったんだから。だからね?もし仮に本当にベガパンクが作った物なら、イズとかルーカとかを海軍が探してるってことになるんじゃないかなって。その為に態々こんな面倒くさい物作ったってんなら、まあ、理屈は通るかなって」

ぎゅ、とイゾウさんの着物を掴んだ。あの指針が嫌いだった。だって異物だって言われてるみたいだったから。その感覚は、合ってたわけだ。正しく、異物を見分ける為の。自覚があることと、他者に突きつけられるのは違う。せめてもうちょっと優しくして。

「あ、それでね、これ中に何か入ってるでしょ?光の屈折の仕方が違うもん。これ中に透明な液体か何かが入ってるからだよね。たぶんだけどこれも誰かの体液だと思うんだよ。おれ医者じゃないからよく知らないけど。それがこの器の中に満ちてるっていうのがこの装置がこの装置足りうる条件。っていうのがおれの仮説。これ何?どうやって入手してどうやって保存してんの?何か加工してる?それとも採取したまま、」
「もういい」
「この器の方に仕掛けがあんの?」

徐に、イゾウさんが銃を仕舞った。片腕でわたしを抱え上げていつも通り歩く。いや、いつも通りじゃないが。そんな頻繁に抱えられてるわけじゃない。

「貸しな」
「えっ、何で?壊すの?止めてよ。これしかないのに」
「壊さねェから貸せ」

やたらと鋭い圧に、リノンがマグポースを手渡した。受けとるや否や、イゾウさんはそれを投げた。床に叩きつけるよりは優しく、人に渡すには相当乱暴に。放物線は真っ直ぐに近かった。

「貴っ、様!何を考えてる!貴重な発明品を壊す気か!?」
「そうだそうだ!壊さないって言った癖に!って言うか返してよ!おれまだ解体してない!」
「壊れてねェだろ。返してやるからとっとと帰れ。二度と来んな」
「誰も好き好んで海賊船など…っ、」

海兵がマグポースを手の中に収めた姿勢のまま文句を飲んだ。よく喋ったもんだ。空気が酷く冷たい。骨が軋んでひりひりする。

気圧されたことを悔しそうにしながら、海兵はダンデさんに連れられて船を下りた。お仲間の海兵はどうしたやら。結果は兎も角、これが予定通りなら捨て駒みたいじゃないか。

「何で返したのさ!あれが何かわかったら、イズのこともわかるかもしんないのに!」
「中身違いだ。おれは内臓に惚れたわけじゃねェ」

リノンもそれ以上は言わなかった。怒っている。苛立っている。どんな表現が正しいかはわからないけれども、低空飛行を続けていたイゾウさんの機嫌は墜落した。わたしは、イゾウさんに言わなくちゃいけないことがある。



***

「あ?ジオン、お前リノンの部屋で何やってんだ?」
「あ、いや、おれの所為で壊れたから直せって…でも直せったって、おれ、こういう細かいもん苦手で…」
「お前も律儀なやつだなァ。んなもん放っときゃいいのによ」
「イズはそういうの得意だよな。力仕事にゃァ向かねェが」
「…」
「お?何だ、続けんのか?」
「お前ェがイズの名前出すからだろ。負けん気勝負ならジオンに軍配かもな」




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