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凡そ半日遅れて海軍の船が到着した。らしい。船と言うか、小舟が。現状兄さんたちが壁になって全然見えないけど、盗み聞きした感じではそんな感じらしい。こっちに指針を渡しちゃってどうすんのかなあ、と思ってたけど、後ろをちょこちょこついて来てたわけだ。何にしても集まり過ぎでは。暇か。

「何だ、イズも出てきたのか」
「騒がしかったもんで」

隣にやって来たロハンさんが小さく笑う。やばそうな、一触即発みたいな感じなら出てこなかったんだけど。そうでもなさそうだったから。リリーさんとのお喋りも丁度きりだったし。イゾウさんに用もあったし。

「ロハンさん見えます?」
「あー、あの二人だな。今上がってきた。名前は知らねェ」
「…毎度毎度、よくもまあ二人だけで乗り込ませますね」
「そうだな」

白ひげの船に、二人。幾ら気候海域とは言え、偉大なる航路に小舟で放り出すのは薄情だ。喧嘩でもしたんだろうか。それにしたって。

「何しに来た?」
「好き好んで来たわけではない!」

イゾウさんの問いに、お兄さんその二の声が噛みついた。変わらない。反発するにも体力がいるだろうに。元気だ。

「つまらねェ問答をする気はねェ。用件だけ言ってさっさと帰れ」
「我々も手短に済ませたい。例の装置を返してもらえるか」
「ああ、それなら本人に話つけな。リノン呼んでこい」
「えっ、おれはちょっと…」
「今怪我するわけにはいかねェもんな」

…日頃の行いが悪いから。別に嫌われてるわけじゃないんだろうけど。
誰一人として立候補しない様子に、イゾウさんが舌を打った。何か知らんが機嫌悪いな。

「誰でもいいから呼んでこいっつってんだろ」
「はあい、呼んできまーす」
「イズルは却下だ。おい、ジオン」
「げっ、…あっ、いや、了解しました」
「…今誰でもいいって言ってませんでした?」
「イズ以外なら誰でもいいんだろ」

ロハンさんは諦めたような溜め息を吐いて、ジオンは駆け足で船内に入っていく。すれ違い様、緊張した面持ちで眉間に皺を寄せているのが見えた。何か申し訳ない気になるな。わたし悪くないけど。

「イズル、中入ってな」

モーゼの十戒が如く。いつの間に目の前にやって来たイゾウさんがわたしの腕を引く。何だ。何か。イゾウさん何か苛々してる?怒ってる?機嫌が悪い、では足りないような。ぴりぴりしてるとも少し違う。

「…何で?ですか?」
「海兵と仲良くする義理はねェだろ」
「義理はないですけど」

仲良くする為にここにいるわけじゃない。いや、大した理由も用事もないけど。只の野次馬だけど。でも。
言葉になりそうだった思考は金属音に叩き斬られた。途端に空気に棘が混じる。痛い。イゾウさんの背中が目の前にあって、その向こうでは剣が抜かれていた。わたしだったら、わたしだけだったら、きっと真っ二つか串刺しになっている。

「どういうつもりだ?」
「…海兵として、当然の行動だろう!」

イゾウさんが踏み込んで、背中が遠退いた。銃声が数発、斬りかかってくる剣先が光って兄さんたちが場所を開ける。何度か金属音が響いて、一瞬目が合った。気がした。

「…っ貴様が!あの時応じてさえいれば!ダンデ中将が煩わされることも、海賊に貸しを作るこど…っ、」
「余所見たァいい度胸だな」

蹴り飛ばされ、壁に背中を打ち付けた海兵にイゾウさんが悠々と歩み寄る。単純に、わたしが甘かった。それだけの話だ。仲良くする気がないのはわかってて、それでも妥協できるような気がしてた。だから、ちょっと悲しい気がするのは間違いだ。そりゃ、中に入ってろなんて言われるわけだ。

「すまない。部下の非礼を詫びる」
「非礼?宣戦だろ。海賊船で武器抜いて、ごめんなさいで済むとでも思ってんのか?」
「確かにその通りだ。だが、今回は見逃してくれないか」

ダンデさん。確かに、そんな名前だった気がする。イゾウさんの前に立って、深々と言える程に頭を下げて。海兵が海賊に頭下げるってどうなんだろう。そうそうあることじゃないと思うけど。でも今更。さっきの問題行動は放置したのに。

「…あの、わたしが何ですか?」

仮定。あの海兵が剣を抜くのは予定されていた。罷り間違ってイゾウさんに勝ったなら、いや、それにしたって無謀だけど。そこまでする理由、試す理由がある。…のか?わたしに?

わたしの顔を見て、ダンデさんは少し眉を下げた。何かこの人、半端な中間管理職っぽいんだよなあ。無茶振りをする上司と、言うことを聞かない部下と?部下が言うことを聞かないのは他でもないダンデさんの問題でもあると思うけど。

「君が気にすることはない。それより、例の装置を返してもらえるか。受け取ったらすぐに降りよう」
「わたしが何ですか?」
「…何と言う程のことは、」
「どうせイズルだけ連れてくつもりだったんだろ。イズルがいれば、てめェらだけでどうにかできるもんな?」

ダンデさんに背を向けて数歩。隣にやって来たイゾウさんに、ぐっ、と肩を抱き寄せられた。体の側面と側面がぴったり貼りついている。

「海軍はドフラさんと敵対できないんじゃないんですか?」
「敵対しなくてもやりようがないわけじゃねェ。金でも、取引でも、うちを通すよりは簡単だ」

イゾウさんが銃を突き付け直して、吐き捨てるように言った。そりゃそうだ。海軍が海賊に助けを乞うなんて図式より、ドフラさんと交渉する方が手っ取り早くて筋が通る。つまり態々接触して来たのは、わたしがいるから。…いるから?自惚れ過ぎてない?大丈夫?

「その様子じゃ、その前から謀ってたんだろ。イズルがマチを送り届けた時か?嫌に準備が良かったな?」

思い立って視線を回せば、得物に手をかけている人、既に抜いている人、額に青筋を浮かべている人、今にも飛びかかりそうな人。色々危ない目には遭ったりはしたけど、白ひげの家族に手を出す意味を初めて知った。こんなに怒ってくれるんだ。どうしよう。嬉しくなっちゃう。

「…確かにそうだ。あの時は彼女の、イズル君の保護が指令だった。何としても捕まえろと。だが、失敗した」
「それで?また失敗したわけだ」
「今回は違う。今回の指令は、ドフラミンゴがこの島を手中に収めるのを阻止せよというものだ。イズル君の保護は指令ではない」

へえ。指令じゃないけど、頑張ろうとしたの。勤勉ね。そんなにわたしに、何故。保護とは。ルーカだっていいじゃん。いや、ルーカが狙われて欲しいわけじゃないけど。きっと他に、わたしたちみたいな人間はいっぱいいて。たぶん海軍内部にもいるだろうに。



***

「…あの、リノンさん」
『キュイーン、ガッ、ガガッ』
「あの!リノンさん!」
『ガガガガガッ…あっ、やば』
「えっ」
『…あー、壊れちゃった』
「えっ、あの、リノンさ、」
「何!?さっきから煩いんだけど!?」




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