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徐々に気温が上がってきたかと思えば、待っていたのは桜じゃなかった。目に眩しい程の青葉が咲いている。穏やかな夏の気配を眺めて、ロハンさんは険しい顔をしていた。

「順調過ぎて気味が悪いな」
「順調?でした?」
「ドフラミンゴの妨害も何もなかったからな」

ああ、そっか。航路から逸れてたり時化に遭ったり、割りといつも通り散々だった気がしてたけど。いつも通りだったのが想定外なのか。そりゃそうだ。そもそも得たいの知れない島なのに。

「イズ、お前絶対無茶するんじゃねェぞ」
「わたしが今までに無茶しようとして無茶してたことあります?」
「しこたまあんだろ。こんなとこで無茶しやがったら一生船から出らんなくなるぞ」
「…それは嫌です」
「だろ?頼むからちゃんと大人しくしてろ」
「頑張ります」

溜め息が返ってきたのは不本意だけども。まあ、自覚がないこともない。今回は終日お留守番だろう。父さんの傍が一番安全てやつ。

「一緒に留守番させてごめんなさい」
「イズが謝ることじゃねェ」
「でも、わたしが1番隊だったら1番隊が留守番でしたよね?」
「そりゃ、…そうかもしれねェが」
「ま、留守番じゃなくても遊びには行けないんですけどね」

偵察と状況確認。それから安全確保。この前船番だった16番隊がまた船番をやっている。いつもなら非番になる隊も今回ばかりはそうもいかない。わたしがもっと強かったら、一人で喧嘩できたのかもしれないけど。

「何だァ?また桜見てんのか?」
「残念ながら桜の季節じゃないですよ」
「でもあれ桜だろ?花が咲いてねェだけで」
「そうですけど」

エースさんがやって来るのと殆ど同時に、ゆっくり船が止まった。上陸する兄さん方が意気揚々と上陸していく。あれ。何かいつも通りだなあ。いつも通り、元気いっぱい。

「嬉しくねェのか?」
「はい?」
「いや、あん時あれだろ。嬉しいっつって泣いただろ」
「…余計なことばっかり覚えてますね」
「余計じゃねェし。イズが嬉しいんなら大事なことだ」

何でもないことのように、手摺に座って欠伸を一つ。わたしより若い筈なんだけど、でもお兄ちゃんなんだなあ。割りと無茶苦茶するし、加減とかあってないようなものだし、食い逃げもするし洗濯物も燃やすけど。

「ありがとうございます」
「あ?」
「嬉しかったから」
「何が?桜か?」
「…そうやって言ってもらえるのが!」
「おっ、何だ?怒ってんのか?」
「怒ってません!」

ああ、何か。うだうだしてるのも馬鹿らしくなってきた。いつも通り。たぶん、気を使われてるわけでも何でもなく。心配して気に病んでてもしょうがない。のは、わかってるつもりだったけど。わたしが恐縮したところで、もう事態は変わらない。

「手慣れてますね」
「おう。何がだ?」
「こういう揉め事」
「そうか?」
「まあ、珍しくもねェからな。荒事は兄貴に任せたらいい。他に大した取り柄もねェ」
「頼りにしてます」

何の気なしに溢したら、左右から頭をぐしゃぐしゃにされた。乱れた髪の隙間から歯を見せて笑うのが見える。頼もしいなあ。たぶん一生敵わない。



***


「あら、どうしたの?イズの検査結果はまだ出てないわよ?」
「その話じゃねェ」
「そう?じゃあ、何かしら。怪我してるようには見えないけど」
「…何か隠してねェか?」
「何かって?特に思い当たることはないけど」
「…」
「言い忘れならあるかもしれないわね。忘れてるからわからないけど」




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