210 ※ちょっとグロテスク


何も悪いことがあったわけじゃない。どちらかと言うと、これは良い報告だ。成果であり、吉報であり、何なら凄いと褒め称えて宴でも開いたらいいんじゃなかろうか。それでも感想を一言述べるなら。

「…不吉」
「何でよ!大功績でしょ!?」
「そうなんだけど」

生き生きとしたリノンの横で、ルーカが隈を作ってぐったりしている。隈自体はリノンにもあるんだけど、それを感じさせないくらい元気。実は他人の生気を吸っている、と言われたら納得してしまう。

「…あー、まあ、何にしてもだな。良かったじゃねェか。その、マグポースが完成してよ」
「ちょっとサッチ!本気で言ってんの!?おれの疲れきって憔悴してる様が目に入らないの!?」
「いやだって、お前自分から加担したんだろ」

どことなく物々しいような気がするのは、隊長会議なんて名前を聞いちゃったからだろうか。船長室に16人。おまけで三人。勿論父さんもいる。机を広げる場所はないから、各々地べたや木箱に座っている。一応当事者だから覗いてるけど、どう考えても場違いだ。夜更かしはお肌の天敵って姉さんが言ってた。

「で?そっちのは信用できんのかよい」
「勿論。指針はちゃんと、海軍のと同じ方を向いてる。イズやルーカがいなくてもね」
「ん?海軍のやつより良いってことか?」
「まさか。おれが作ったのは三日くらいしか持たないよ。たぶん。正確な時間は計ってないけど」
「成る程。一長一短というわけか」

ビスタさんが髭を撫でながらにやりと笑った。一長一短。わたしからしたら、四六時中張り付いてなくていいのはめちゃめちゃ助かる。不寝番でもないのに毛布抱えて甲板で待機とか本当無理。勘弁。二度としたくない。

「どういう仕組みだ?」
「んー、ここの、指針の半分のルーカの血液を付着させてみた。んだけど、劣化するみたい。唾液とか涙でもできなくはないんだけど、針が振れるんだよね。髪とか爪じゃどうにもならなかったし。あと試してないのは骨から削り出すとか…精液とか?流石に嫌だって言うからさあ」
「当ったり前じゃん!幾ら協力するって言ったって限度があるよ!」
「血はいいのか…」
「そこじゃねェだろ。その…ルーカの血だけで指針になるってことはルーカ自身に何かあるってことだろ」
「血液型はおれたちと同じ筈だぞ。違ったら覚えてる」

とんとん、と話は進みながら、逸れそうで逸れない。三日しか持たないなら、それ以降どうするのか。見張りの最中にいきなり指針がぶれたら、それに気づかなかったら。そもそも海軍の指針を基準にしていいのか。各々思うところも考えるところもあるらしい。申し訳ないが眠たくなってきた。

「…てんじゃないんだし、ちょっとだけだってば!いいでしょ?ねえ、イズ!」
「…。うん…?」
「うんって言った!今言った!聞いたよね!?本人がいいって言ってんだからいいよね!?」
「いや、今のは聞き返しただけじゃ、」
「許可しねェっつってんだろ!ぶっ飛ばすぞてめェ!」
「おれをぶっ飛ばしたらマグポース作れないから!いいの?イズのお願い叶わないまんまで!」

夜中とは思えない物音を立てて、イゾウさんが銃を抜いていた。それを数人掛かりで押さえ込んでいる。元気だなあ。会議中に寝てたなんてばれたら怒られるだろうか。

「イズル寝てたでしょ」

今にも喧嘩を始めそうな中、ハルタさんが隣にやって来た。どうにか誤魔化したい気持ちはあったけども。正直ハルタさんに通用する気がしない。誤魔化した途端ちくちく全部つつかれそう。

「…ごめんなさい」
「別にいいんじゃない?イズルが起きててもどうこうないし。何なら、ちゃんと寝てた方が良かったかもね?」
「何でこうなってるのか訊いてもいいですか」
「んー?ふふ、リノンがイズルに協力して欲しいってさ。イゾウが猛反対してたんだけど、イズルがうんって言っちゃったからねー」
「…そんな意図は全くなかったんですけど」
「わかってるわかってる。わかってるけど、リノンだから。これで断るとまたごねるよ?前に機嫌損ねた時は船中の至るところに罠仕掛けてさあ…全部外すのに一週間くらい掛かったんだよね」

ハルタさんが眉を寄せて唇を尖らせた。この人をうんざりさせるとは、どちらかと言うと悪戯は仕掛ける側なのに。仕掛けられたら返り討ちにするような人なのに。…いや、仕掛ける命知らずもそうそういないけど。

「何か失礼なこと考えてない?」
「いえ、ハルタさんにも敵わないものがあったのかと思って」
「…言っとくけど、おれは引っ掛かってないからね。隊員が引っ掛かって収拾つかなくなるの。廊下に転がられても邪魔だし」
「成る程?」
「うん。だから、自分の言葉にはちゃんと責任持ってね?」
「…はあい」
「イズルは素直で良い子だねー。じゃ、イゾウどうにかして来て」
「は、…えっと?」
「おれたちが言っても聞かないって。オヤジはこういうのに割って入ったりしないし」

はあ。あの、乱闘一歩手前の状況に割って入れと。確かにわたしが無責任だったのかは知らないけど、そんな無茶言う?…言うか。ハルタさんだもんな。



***

「イゾウ!少し落ち着け!」
「引き金引いてねェだけ落ち着いてんだろ!あの野郎一遍殴ったくらいじゃ懲りやしねェ!」
「それは何回殴っても無理だろう」
「そうだそうだ!何でも暴力で解決できると思ったら大間違いだ!思い通りにならなくて暴れるなんて、駄々っ子と一緒だから!」
「…あ″ァ?」
「待て待て待て!やめろ!」
「お前も煽るな!」




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