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時化を越え、空は快晴。めちゃくちゃ寒い。勘弁してくれ。具合悪くなる。
スマホは電池が切れたから、部屋に放置してきた。幾らイゾウさんだって電源が入らなきゃ使えまい。エースさんに預けたら充電できるって言ってたけど壊しそうだから却下した。…消えたらちょっと勿体ないかなって思うくらいには、まあ。ちょっとだけ。

「寒すぎると雪も降らないって本当ですね」
「逆だよい。雪が降らねェから寒ィんだよい」
「マルコさん詳しく」
「…放射冷却っつー、…あー、雲がねェと暖かい空気も逃げてっちまうから寒くなんだよい」
「ああ、蓋のない湯呑みたいな」

マルコさんが半目でわたしを見た。あれだな。本当にわかってんのか、みたいなこと思ってんな。わかったよ、たぶん。冬は晴れてるより曇ってる方が暖かいみたいなことでしょ。同じ火でも、マルコさんは温かくない。

寒風吹き荒ぶ割には人の多い甲板。航海士のメリオさんとマルコさんと。端っこでは何人かが釣りをしている。イゾウさんは知らない。今日は朝起きれなかったみたいだし。
毛布に包まった手の中には、ちょこん、と鎮座するマグポース。やっぱり航路はずれてたらしい。そりゃそうよな。三つも指針があるのに落ち着いてる指針はないんだもの。リノンが不貞腐れていた。流石にもうちょっと貸して、とは言わなかったけど。

「ドフラミンゴさんてどんな人なんですか?」
「あんな野郎に敬称なんか要らねェよい」
「別に敬意を払ってるわけではないですけど」
「ドフラミンゴは…まァ、ろくでもねェ事の裏には大体絡んでるやつだな。あいつがいなけりゃ、海はもっと平和だろうよ」
「ろくでもない事と言われても…わたしの基準で言ったら、銃とか刃物を持ち歩くことが既にろくでもないですし」
「あ?」
「それどころか、まあ、斬ったり殴ったりするわけじゃないですか。あと脅し恐喝に、無銭飲食?此方の日常って割りとろくでもない事ばっかりですよ」
「無銭飲食はエースだけだろい」
「随分と平和呆けした場所だな…」
「そうかもですね」

まあ、此方よりは。本当に平和だったか、と聞かれたら否定するが。

「それで、ドフラさんが働くろくでもない事ってどんなもんですかね」
「…あー、まァ、人身売買に薬物だろ?あと武器なんかも流してる」
「ヤクザですか」
「もっと質の悪ィ、悪魔みてェなやつだよ。何考えてんのか知らねェが、可能ならあんまり関わりたくはねェな」
「…なるほど?」
「あっ、いや、別にイズを責めてるわけじゃなくてだな」
「何言ってるんですか。いっそ責めてもらった方が楽ですよ」

妙にほっとした様子だけども、メリオさんはわたしを何だと思ってるんだろうか。わたしの我が儘で巻き込んでいる。そのくらいの自覚はある。マチを送り届ける時とは比べられないくらい、厄介で面倒で危ないこと。

「イズルは何が嫌だったんだよい」
「はい?」
「あの島。故郷じゃねェなら、守ってやる義理もなかっただろい」
「…!お前、まさかルーカの為に…?」
「まさか。それならルーカがお願いすればいいんですよ」
「それもそうだな」
「そもそもルーカの故郷でもねェよい」

不意にメリオさんが立ち上がって、某か指示を出し始めた。わたしには寒いってことしかわからないけど、何かあるんだろう。全然わかんないけど。

「で?何でだよい」
「…いいとこだったから」
「あ?」
「美味しくて、楽しくて。わたしの場合は懐かしさもあって、いいとこだなあって思ったんですよ。そういうとこが、ドフラさんみたいな、こう…ろくでもない人にちょっかいかけられんの嫌だなあって」
「…まァ、食い物にされんのが落ちだろうねい」
「まともに辿り着けないような不便な島を、どう料理するのかは気になりますけどね」
「使い道なんざ色々あんだろ」

すぐ隣に誰か座った気配と一緒に、声が降ってきた。マルコさんと反対側。振り向けば機嫌の悪そうな、眉間に皺を寄せたイゾウさんがいる。

「おそようございます」
「何でいねェんだよ…」
「わたしは起きますって言いましたよ」
「知らねェよ。寒ィだろうが」
「こんな時間まで布団に包まっといてよく言う…」
「違ェよ」

伸びてきた指先が頬に触れた。温い。反対の頬を自分の指で触ってみれば冷たい。毛布に包まってても指先が冷えてる。自分の手だと温かい頬も、イゾウさんからしたら冷たいかもしれない。まあ、言うて外だし。しょうがない。悴む程じゃない。
慣れた手つきで、イゾウさんはわたしを脚の間に抱え込んだ。慣れた手つきで。毛布ごと。温かいけどさ。温かいけど。慣れられてるってどうなの。そんで、毛布一枚が邪魔ってどうよ。

「…過保護」
「過保護じゃねェよ。冷えてんだろうが、馬鹿」
「だって、マルコさんにも同じことします?」
「野郎にやってどうすんだよ。気持ち悪ィだろ」
「こっちから願い下げだよい」
「温かいですよ」
「凍死した方がましだねい」

これはまた、随分な言われようだ。思い浮かべてみても大分シュールだが。マルコさんて、凍って指が落ちたらまた生えてくるんだろうか。

「おーい、イズ!指針は!?」
「…あー、ちょっとずれてます!11時!」
「了解!」

毛布から這い出した手の中の指針はぴくりとも振れない。振り回しても、逆さにしても。一瞬揺れたかと思えば手を止めるとほぼ同時に止まる。
忌々しいなあ。わたしこれ嫌い。何か、わたしが異物だって主張されてる気分。異物なんだけどさ。



***

「おいおい、機嫌直せって」
「別に悪くない」
「悪くないこたァねェだろ。」
「悪くないってば。しつこいな」
「じゃあ、荒れてる?」
「別に荒れてない!」
「そう?何か協力しようかなって思ったんだけど、いらない?」
「いる!」
「…お前、とんでもねェな」
「海軍に主導権握られるのも癪だしね」




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