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「うわぁ…」

素で引いた声が出た。日付はわりと最近だ。一番古くて半月くらい。たったそれだけの間に、よくもまあ。時々スマホがどこ行ったかわからなかったのこれか。

「イズル?何見て、…へェ、よく撮れるもんだな」
「わたしじゃありません」
「いや、どう見ても、」
「言い直しますね。写ってるのはわたしですけど撮ったのはわたしじゃありません」
「それは見ればわかるが、…そういうことか」
「そういうことです」

聡明なゾノさんはそれだけで把握したらしい。ぐわん、と船が大きく揺れた。積んでいた手拭いが雪崩を起こして机の上に散らばる。我らが隊長様は外で大時化と戦っている最中だ。わたしの食堂待機はいつも通り。出て行っても役に立たないからね。

左へ操作すると今度は寝ている写真が出てくる。ひく、と顔が引き攣った。また左へ操作すれば似たような。お前は。連写でもしてんのかこの野郎。

「…まあ、写真の一枚や二枚良いだろ。減るもんでもねェ」
「一枚や二枚じゃないんですよ」

画面を戻ればずらりと。百歩譲ってこのフォルダを開いてるからこんな写真ばっかりだとしても。ぶれてるのも焦点合ってないのもある。幾らなんでも多い。人のスマホで盗撮すんな。

「い、イゾウ隊長も、悪気があってやってるわけじゃねェから」
「悪気があってやってたら大問題ですよ」

悪気がなくても問題だけど。とうとうゾノさんも黙っちゃったよ。庇いきれないってさ。どうしようか、これ。

「おい、待て」
「ちょっ、何ですか」
「何だ、この…削除って」

手の形はスマホ操作のまま、本体だけ消失した。流石の反射神経と言うか、ゾノさんに引ったくられた。何だ。引ったくりが流行ってるのか。

「文字通りですよ。フォルダごと消します」
「イゾウ隊長に確認取ってからの方がいいんじゃねェのか」
「確認も何もそもそもわたしのものなんですけど」
「いや、まあ、それはそうなんだがちょっと待て」
「何をですか」
「イゾウ隊長に確認取ってからにしてくれ」
「何故」
「イズルの気持ちはわかるんだが、…その、イゾウ隊長の気持ちもだな」
「機嫌悪くなったら嫌だって話ですか?」
「そういうつもりじゃないんだが…」

あーあー。全くもうだな。わたしはイゾウさんのご機嫌取りじゃないっての。
わたしが腰を上げたら、ゾノさんは一歩引いた。更に腕を伸ばされたら届かない。椅子か机にでも乗らないと。

「お行儀悪くなりたくないので返してください」
「返したら消すだろ」
「当たり前じゃないですか。そもそもわたしは写真撮られるの嫌いなんです、よっ!」
「…諦めの悪い奴だな」

地面を蹴って、スマホを掲げる腕を掴む。そのまま下ろせたら良かったんだけども。…あれだな。肩に掴まってるだけになっちゃったな。どうしよう。どうやって登ろう。

「…何やってんだ」
「あ、いや、これは、」
「お疲れ様でございます」

声に振り返れば食堂の扉を開けて、仁王立ちする濡れ鼠がいた。手を離す代わりに手拭いを抱えて、入れ代わりに出て行く兄さんに混じって食堂を出た。仕事なんだからしょうがない。
手拭いを受け取るつもりで差し出されただろう手が見えたけども素通りした。知らん。ロハンさんやガザさんに配って、それからだ。序でにちょっとお話せねばなるまい。

「…あの、イゾウ隊長」

背後で、非常に気まずそうなゾノさんの声が聞こえた。あの野郎、と聞こえた気もするが、生憎リノンは関係ないんだな。



***

「何だあれ、どうした?」
「妙に愛想が良くて怖いな」
「…イゾウ隊長が何かやったんだろうな」
「とうとうばれたか」
「寧ろ今の今までばれなかったのもすげェよな。信用し過ぎだろ」




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