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「…ログポース?ですか?」
「違うらしい。これはその島を指している…言ってみればエターナルポースみたいなものなんだそうだ。ログを溜めることはなく、特定の環境下にないと何の指針にもならないと」

海に横に見て座るわたしの斜め前に海兵二人が並んで座っていた。そのお兄さんの手の中で、落ち着きない指針が一つ。四角い、水槽みたいな箱に入っていた。あっちを向いてはくるりと回る。かと思えば上を向いて左右に揺れる。…何か、生き物みたいでちょっと気持ち悪い。

「壊れてんじゃねェのか」
「馬鹿を言うな!これを開発したのは彼の高名なベガパンクだぞ!貴様の浅い知識で把握できるような…っ、」
「す、すまない。彼の態度は謝罪する」

ゆっくり笑みを深めたイゾウさんを見て、お兄さんがその二の口を塞いだ。上司に頭下げさせるなんて、なかなか素敵な部下ですね。

「…だが、彼が言ったことは本当だ。イズルくん、手を出してくれないか」
「はい?」

言われるがまま、少し腕を伸ばして差し出された箱を受け取った。途端、ぴたりと指針は背筋を正す。まるで今まで迷子だったのが嘘のように。ログポースよりもはっきりと。特定の環境下、ね。何かこれすっごい嫌。

「…また奇っ怪なもん作りやがって」
「これどういう原理ですか?何に反応して、本当にあの島指してるんですか?」
「原理はわからない。が、…そう聞いている」
「リーノンさあーん!」

遠くから返事が聞こえた。ような気がする。ルーカも呼ぶか。これがどうなるか試してみたい。

「イズがさん付けとか気持ち悪いね!何したの?あの機械壊した?」
「んーん。面白いもの貰ったから」
「貰っ、あげたわけではないんだが!?」
「貸して貰ったから?」

リノンに手渡すと、指針が暴れだす。手の中で転がして矯めつ眇めつ、訝しげに眉を寄せて視線を寄越した。

「…何これ?ログポースじゃないみたいだけど」
「何かわたしの近くじゃないと正常に働かないんだって」
「あはは、何それ。イズが電波出してるとか?」
「知らない。でもベガパンクって人の発明品らしいよ?」
「ベガパンク!?」

再びリノンが箱に視線を向けた。さっきとは打って変わって、どこかきらきらしている気がする。現金と言おうか、分かりやすいと言おうか。興味の度合いが跳ね上がったらしい。

「解体してもいい!?」
「なっ、駄目に決まっているだろう!それが壊れたら今回の任務が、」
「わかった!壊さなきゃいいんだね!」
「まっ、待て!何をする気だこの蛮族が!」

船へと一目散に戻っていったリノンと、それを追いかけてその二が走っていく。たぶん部屋に帰るんだと思うけど、あの人大丈夫かなあ。リノンの部屋付近は死ぬ目に遭いがちなんだけど。

「…どういうつもりか聞いてもいいか?」
「原理がわからないなら、解明すればいいかなと思って」
「だからと言って…いや、いい。絶対に壊さないでくれ」
「たぶん大丈夫ですよ。わたしのスマホも弄ってくれましたし」
「すまほ…?」

実物を見せた方が早いかと思ってポケットに手を入れた。ら、なかった。そう言えば今日は触ってないな。部屋に忘れたか。

「で?てめェらはどうする気だ?」
「どういう意味だ?」
「指針はうちにある。が、まさか全部海賊任せってわけじゃねェよなァ?」

えっ、あ、…え?わたしは海軍がうちの船の後ろをちゃぷちゃぷついてくるのかと思っていたんだが?違うの?よくよく考えてみたら失笑ものの光景だな。

「…海軍としては、ドフラミンゴと敵対することはできない。七部海制度に反することになる」
「で?」

…あー。はあー。一緒に行くだけ行って、勝手にドフラミンゴと対立して欲しかった感じですか。確かに、あの島を持っていかれるのは気が乗らないけど。首を傾げて返事を待つイゾウさんを、お兄さんが気まずそうに睨み返している。…でも、白ひげとドフラミンゴが対立して?海軍に利益ないけど。

「あ、勝手に対立させて島の治安は海軍が、みたいな感じってことですか?」
「そのようなつもりは、…わたしにはないが」
「お兄さん以外にはあるってことですか」

あらまあ。漁夫の利ってやつか。と言うか、それは言っちゃっていいのか。それとも、一応は言ってない体なのか。面倒くさいなあ。そんでもって不愉快だなあ。

「それ、わたしたちにどんな利益があるんですか?」
「…君たちの故郷の安全が確保される」
「故郷じゃないですし。それに、世界政府って何か要求しませんでしたっけ」
「上納金がいるな」
「…我々が関わればベガパンクも介入する。そうすれば、その、本当の故郷に帰れるかもしれない」
「残念ながら、わたしは帰りたくないので不利益ですね」

そもそも確約できないものは利益と呼ばない。何だか可哀想になってきた。この人はたぶん無茶だとわかってる。平行線だよなあ。

「イズルはどうしたい?」
「どう…ドフラミンゴに持ってかれるのは嫌だけど、海軍に引っ掻き回されるのも嫌です」
「なら、オヤジに相談してみな」
「父さんに?」

何て?何とかしてって?マチの時もそんな感じだったのに?何か、他力本願が過ぎない?

「…怒られません?」
「イズル次第じゃねェか?」

あっ、えっ、…ええ?そんなこと言う?大丈夫って言われるのを期待してたってのも情けないんだけど。そんな穏やかに微笑まれても、逆に怖いんですけど隊長。



***

「待てと言っているだろう貴様ァああァア!?」
「あれ、外れた?結構いい反射してるね」
「ふ、ふざけるな!さっさとマグポースを返せ!」
「まぐ?まさかカップじゃないよね?」
「そんなわ、け…っ、…誰が言うか!」
「言わないんならいいけど」
「まっ、待て待て待て何をする気だ!?」




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