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魚!魚がある!誰か海に潜ったんだろうか。きっと大魚だったに違いない。鱗がわたしの顔くらいある。

「これだけ大きいとお皿になりますね」
「止めろ。手ェ切るぞ」

苦笑いを浮かべたゾノさんの視線の先には、件の海兵二人がいる。居心地は悪そうだけども、…まあ、食べ方なんて大差ない。気まずいながら、食は進んでるようで何よりだ。

「海軍は海賊と敵対してるって聞いてたんですけど、そうでもないんですか?」
「さっきのを見てそう来るか…」
「そう言えば一触即発でしたね」

忘れてた。ご飯が美味しくて。どちらかって言うと、海軍が海賊を敵視してるんだっけ。まあ、犯罪者だし。あ、そっか。犯罪者なんだっけ。

「もしかして、海軍が海賊の手を借りたいって余っ程ですか?」
「だろうな。普通じゃ有り得ねェ。それも、態々向こうから接触してくるなんてな」

…はえー。何か、わたしが思ってたより大事な匂いがするぞ。鱗は持ったまま、砂浜を横切る。何だか興味が湧いてきた。いや、元々興味はあったけど。

「イズル」
「イゾウさん。機嫌は直りました?」
「別に悪かねェよ。何する気だ?」
「お話の続きに伺おうかと」
「…」

何か言いたげにして、眉を顰めて飲み込んだらしい。怒ってる…わけじゃなさそうだけど。幾らわたしだって、勝手に了解したりしないぞ。流石に。流石にそれはない。

「本っ当に聞き分けねェなァ…」
「申し訳なさは感じてます」
「危ない真似すんなっつっても聞きやしねェ」
「…ごめんなさい」
「そもそも、ドフラミンゴが絡んでるってだけでどんだけ厄介かわかってんのか?死ぬ目に遭ってからじゃ遅ェんだぞ」
「…」
「おれはイズルが怪我すんのも嫌な思いすんのも我慢ならねェ。なのに、その本人が飛び込んで行っちまうんじゃどうしようもねェだろうが」
「…でも」
「あ?」

口を開けて閉じた。でも。だって。その先は余りに甘ったるくて吐きそうだ。おかしい。わたしは自分で自分のことができるようになりたくて、多少なりともできるようになったから帰ってきて。それなのに何でこんな言葉が出てくる。おかしい。どう考えてもおかしい。もう一回、あと三回くらい家出しないと駄目かもしれない。あ、何か泣きたくなってきた。悔しい。

「イズル?」
「…すっごい言いたくないんですけど」

イゾウさんが首を傾げる。これで、じゃあ言わなくていい、なんて言われたら黙れるんだけど。言い出してしまったのはわたしで、イゾウさんは聴く気でいる。やっぱり何でもないですって言ったらどうだろう。しつこく聞かれそうだけど、黙ってればいいわけだ。もしかして何とかなる?

「…何でもないです」
「言えよ」
「い、言いたくないです」
「自分で言い出したんだろ」
「…っ本当に、何でもないんです。ちょっと、口が滑ったと言うか、別にイゾウさんの言い分に文句があるわけじゃないですし、仰る通りだと思いますし異論も反論も本当にないですし」
「イズル」

失敗した。駄目だった。誤魔化されてくれなかった。何だ何だと視線が刺さる。にじり寄ってきたイゾウさんが怖い。…あー、数分でいいから時間を巻き戻したい。でも、って言っちゃった所から。今度はちゃんと口を噤んでるから。

「ここでキスされたくなかったら言え」
「…は?」
「ここで、おれにキスされて、立てなくなりてェなら黙ってな」
「は?いや、…は?何でそんな、いきなり、そんな突飛な、ちょっ、嫌です!嫌だってば!」
「嫌なら言え」

い、やだ。どっちも嫌だ。ぱっ、と周囲を見回したら、皆揃ってそっぽ向きよった。この野郎、さっきまで見物してたくせに!いつの間に腰に回った腕が逃がす気は更々ないと言っている。まじ?本気?嘘でしょ?こんな公衆の面前で?地獄か?

額と額がぶつかった。さっきまで口を塞いでた両手は胸のまえでお利口さんにしている。させられている。どんな握力してんだ。そりゃ、手が大きいのは知ってるけども。

「イズル」
「…っ、い、言います!言いますからちょっと離れて頂けませんかね!」
「早く言え」
「…いっ、イゾウさん!が!」
「おれが?」
「…ぃ、イゾウさんが、一緒、なら、…だ、だいじょぶだと、思っちゃって…」

必死で視線を背けて、風が吹けば飛ぶような声は蚊が鳴くよりも小さくなって消えた。どこまで届いたかは知らないが、イゾウさんの動きは止まった。情けない。恥ずかしい。結局わたしはイゾウさん頼みで。こんな風に甘えたいわけじゃない。

「何…っ、ちょっ、ちゃんと言ったじゃないですか!」
「よく聞こえなかった」
「嘘つき!」

二回目の口づけが頬に落ちてきて、手と腕が緩んだ。…立てるけど。立てるけどさ。わたし言い損じゃない?何勝手に機嫌直してんだこの野郎。



***

「どうすんだ?海軍に協力すんのか?」
「…海軍もイズルに頼むってことで体面保ってる。おれたちへの要請じゃねェよい」
「イズ次第ってことか」
「ま、この先は読めたよね。イズルを好きにさせて、危ないことしないわけないじゃん」
「好きにさせなくても変わんねェ気がするけどな」
「何で態々面倒事に首突っ込むんだよい…」
「面白いからでしょ?」「面白ェからだろ?」




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