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仮定の話だ。ここではないどこか、なんて曖昧な名前がついている故郷と、ログポースでは辿り着けない島。その二つに関連があるとして。わたしやルーカがいればその島に辿り着けるとして。…あの島その島って面倒くさいな。名前はないのか。

「んー、奥さんもマスターも呼んでなかったしなあ。比較する島も国もないから、名前がなくても困らなかったんだよね」
「そもそも、ルーカはどうやってあの島に着いたの?」
「おれ?おれは気づいたら島の道に寝てたよ?流れ着く人とか、イズルみたいに船でって人もいるみたいだけど」
「道に…えっと、言葉は?」
「覚えた。おれの場合は奥さんとマスターが拾ってくれたから。二人とも英語できないんだもん」
「他の人たちは?」
「んー…まあ、全然喋んない人とかもいたけど、片言くらいは喋ってたよ。旅行なら喋れなくてもいいけど、生活するとなったらね」

…へえ。思ってたより大変そうだな。わたしは相当ラッキーだった。言葉が通じない海賊船とか黄泉路まっしぐらじゃないか。

空気は大分だれていた。主にわたしの空気が。座っちゃったのが駄目だった。イゾウさんは銃を下ろして、…抜いたままだけど。ルーカも隣に座っている。さっき船を下りてったのは4番隊の面々だろうか。もうすぐお昼ご飯かな。気分的にはもう雑談の心持ちだ。

「ちょっといいか」
「あ、はい。脱線してました」
「いや、それは、…まあ、そうなんだが。君たちの世界では言葉が幾つもあるのか?」
「幾つあったっけ」
「百くらいはあるんじゃない?」
「言葉が通じるようになったら意志疎通も楽になって、戦争とか起こらなくなるのかなあって思ってましたけど、この様子だと無理そうですよねえ」
「そもそも、おれたちの所とは国とか政府とかの在り方も違うし、比較対象にはならないんじゃない?」
「海賊もいないしね」
「海賊がいない!?」
「ゼロじゃないけど、普通に生活してたら関わらないね」
「では、海軍は!?」
「いませんよ。世界政府もありませんし」
「ONUを世界政府とは呼べないよね」
「ONU?」
「え?…あー、英語だとUnited Nations。日本語だと何だろう?」
「ああ、国連…国際連合かな」
「たぶんそれ」

そうだなあ。それじゃあ、この世界で言葉が通じなくなったらどうだろう。でも、世界政府があったら公用語として定められるしな。言葉が一つだったから世界政府が生まれたのか、世界政府があったから言葉が一つになったのか。…鶏が先か卵が先かみたいな話になってきた。

「その島には、君たちのような異邦人が集っていると言うのか…?」
「別に全員じゃないよ?商船が来ることもあったし、そのまま居着く人もいたし。島で生まれた子もいたし。じゃなきゃ、グランドラインがどうとかわかりっこないじゃん」
「わたしは外にいても知らなかったけどねえ」
「逆によくそこまで遮断できたよね」
「箝口令でも敷いてたんですかね」
「…敷いてねェ」

イゾウさんが、少し不愉快そうに呟いた。まあ、そうよな。此方での一般常識を教えない理由がない。もしもちゃんと知ってたら、わたしはこんなに無鉄砲にならなかった。…かもしれない。どうだろう。あんまり関係ないかも。

「おーい、あんたら飯はどうすんだ?」
「は…っ?」
「いや、何か長そうだしよ。どうせなら食いながら話したらどうだ?オヤジ、いいだろ?」
「…あァ、構わねェ。うちのルールが守れんならなァ」

あらまあ、太っ腹。今日は何の肉だろう。イゾウさんの手に引き上げてもらいながら立ち上がった。脚も痛いし腕も痛い。ジオンの所為だ。二日酔いに苦しめ。

「なっ、貴様ら!まだ話は終わっていないぞ!」
「終わってないのは知ってますけど、お願いする側の態度じゃなくないですか?食べても食べなくてもご自由にですけど、こっちの自由を阻害するならお手伝いはしませんよ?」
「…っ、海賊風情が偉そうに…!」
「止さないか!」

お兄さんがその二を腕で制して、上着が翻った。何だっけ。上着着てるのは将校さん。要注意。歯を剥き出して、今にも唸りそうなその二は着ていない。弱い犬ほどよく吠えるってか。わたしじゃ敵わなそうだけどな。

「わたし、拾われたのが海軍じゃなくて良かったです。何か色々雁字搦めで大変そう」
「イズルがそれに従うかは疑問だけどな」
「…否定したいんですけどねえ」

自隊長の言うことすら聞かないからな。逆らってるつもりもないんだけど。



***

「やはり、あの二人だけでは力不足では?」
「…だが、全軍で向かったたところで成功するとは限らない。下手に手を回せば、白ひげを敵にすることになる」
「だからと言って、あの二人である必要があったのでしょうか?たった一度面識があった程度で、」
「これは上の采配だ。口を慎め!」
「…っ、失礼、しました」




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