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真っ赤な顔。どう見ても飲みすぎだわ。目が据わってるじゃないか。

「お疲れ様です」
「あァ…まァ、こんぐらいはどうってこともねェが…」
「イゾウ隊長!稽古つけてくあさい!」
「あ?」

いやいやいや、大丈夫か。呂律回ってないが。ロハンさんに担がれながら、ジオンが叫ぶ。さっきから何か喚いてたのは知ってたけども。何だ。どうした。明日大丈夫?記憶ある?

「おれは!もっともっと強くなりたいんす!もっともっと強くなって、隊長にも負けないくあい強くなるんれす!」
「へェ?」

イゾウさんが首を傾げて、ロハンさんがため息をついた。たぶんさっきからこんな調子なんだろう。普段から小生意気なところはあるけども、酒の勢いって怖い。わたしも気をつけよう。

「おい、ジオン。気ィ済んだら、」
「おれは!こんなちびに負けてるようじゃ駄目なんすよ!」
「ち…っ、」
「ははっ、ジオンやべェな!」

ちび。って。そんなこと思ってたのか。確かに大きくはないが。にしたって失礼なやっちゃ。何笑ってんだ同罪にするぞ。

「だから、今回は引き分けで負けてねェんだろ?」
「こんなんと引き分けらんて負けたも同然っすよ!勝ち以外は勝ちじゃねーんれすからあ!」
「こんなん…」
「おいジオン!部屋戻っ、おい!」

ずる、と脱力したジオンがそのまま床に座り込んだ。糸が切れた玩具みたいだ。酔っ払いの戯れ言に一々目くじら立てるつもりはないけども、流石にちょっと傷つくぞ。

「酒に飲まれるようなガキが随分な口利くじゃねェか」

ゆるり、と立ち上がったイゾウさんが、ぐらぐらしているジオンの目の前にしゃがみ込んだ。何か嫌な予感がする。

「てめェが強いと証明できりゃ何でもいいってか。そいつは何の為の強さだよ」
「おれは、強くなって、誰にも、負けないくらい…」
「はっ、そりゃ結構だ。イズルに文句言う前にてめェで頭使いやがれ」
「いっ、イゾウ隊長!」

ロハンさんが止める間もなく、投げた。イゾウさんが。ジオンを投げた。綺麗な放物線を描いたかどうかは知らないが、ぱしゃん、と海に落ちる音が聞こえた。…待て待て待て。待って。

「駄目でしょ!」
「あっこら、待て!イズ!」

背中の方で呼ぶ声が聞こえた。いやいや駄目でしょ。それは駄目でしょ。酔って海に落ちたら死んじゃうよ。溺死しちゃうよ。

海水が跳ねて一瞬臆した。冷たい。波が速い。そのまま足が持ってかれるかと思った。…それなら、もう泳いじゃった方が。

「イズル、止めな」
「い、ぞうさん、」
「この程度で溺れる程落ちぶれちゃいねェよ」
「…いや、だって、あんなに酔ってて」
「頭冷やすのに丁度いいだろ」

…本気?でもわたしの腕を掴んだイゾウさんの手はびくともしない。確実にわたしを行かせる気はない。そりゃ、夜だし。暗いし。泳ぎなら本職がいらっしゃいますし。でも、これは免罪符になるか?

「ぷはっ、」
「うわっ」
「ちったァ醒めたか」
「…はい。すみません」
「わたしには?」
「…わ、悪かった。毎回出し抜かれるから、…ちょっと、むかついて」

すすす、と視線が斜め下へ逸れていく。あらまあ。意外と素直だ。傷心のふりでもしてみようかと思ったけど、毒気を抜かれた。弟。弟ね。そう思えば可愛く見えないことも、…あるな。可愛くはないな。

「ジオンは、何でそんなに勝ちたいの」
「かっこいいだろ」
「…うん?」
「強かったらかっこいいだろ!オヤジだって、めちゃくちゃかっこいい、」

ぱしゃん、と。ジオンが突然突っ伏して、泡が立った。ため息が聞こえて、イゾウさんがジオンの後ろ襟を掴む。ぼたぼたと水滴を垂らしながら、ジオンはぴくりともしなかった。寝てる。たぶん。エースさんじゃないけども、酔っ払いってこんなもんかね。

イゾウさんの腕を頼りに、海から足を引いた。靴が冷たい。脱いでおけば良かった。今更ながら裸足になって、イゾウさんの隣に並ぶ。
かっこいい。確かに父さんとかイゾウさんとか、ラクヨウさんもまあ、…まあまあまあ百歩譲ってかっこいいと言えなくもない。でも別に強いからかっこいいわけじゃない気がするんだけど。いや、強いのもかっこいいけど。

「そんなに見つめてどうした?」
「あ、いえ、かっこいいって何かなと思って」
「…少なくとも、力だけの馬鹿がかっこいいかは疑問だな」
「そうですね。そしたら世の中かっこいいでいっぱいになっちゃいますもんね」
「…それはよくわからねェが」

あれ。…まあ、そりゃそうか。わたしより強い人は腐るほどいるけど、イゾウさんより強い人がごろごろいても困る。…いるんだろうか。いるんだろうけど、それはちょっと置いといて。

「そもそも強さだって一概には言えねェんだ。腕っ節だけじゃ決まらねェよ」

確かに。姉さんたちだって強いけど、マルコさんより力が強いとかそういうわけじゃないし。酒が強いとかも言うし。何にしても、わたしは誰にも敵わないんだが。

「じゃあ、イゾウさんにとって強さって何ですか?」
「大事なもんを大事にできりゃ上等だろ」

宴会の端にジオンを転がして、そのままその辺に腰を下ろす。些か乱暴な気もするが、一応大事にはしてるんだろうか。

「イズル」

く、と腕を引かれて、流されるまま腕の中に収まった。靴を手放して足についた砂を払う。宴会はまだまだ終わりそうになくて、この、賑やかな光景を大事にするには。…するには?船から下りるしかないのでは?えっ、やだ。

「イズルはもっと弱くていい」

ゆるゆる絡まる腕とあまり嬉しくない言葉に振り返った。振り返ったと言うか、顔を上げた。困ったような苦笑いを浮かべて、わたしの前髪を撫で下ろす。何か聞き覚えのある話だ。わたしがベイさんの所に行くのも随分嫌がっていた。

「イゾウさんて、実はか弱い女の子が好みですか?」
「さァな。でも、弱くなきゃ頼れねェなら弱い方がいい」
「…それは、強さと関係ない気がします」
「かもな」

走ってやって来たロハンさんが、ジオンを回収する序でに酒瓶を置いていった。イゾウさんが栓を開けて、一口貰う。

「ちゃんと頼りにしてますよ」
「…もっと頼れ」

大事にされている。分かりやすく。真綿で包んで、更に箱にしまうような。でもわたしは箱の外にも出てみたい。この海で、世界で、そういう好奇心を大事にするにはやっぱり強くなくちゃ駄目なんだよなあ。



***

「実際のとこ、イゾウが過保護なのってイズルの所為だよね。イズルが素直に頼ってたらあんな風になってないと思う」
「そうかァ?あんなもんだろ?」
「まあ、どっちでもいいけど。お陰でイゾウがぐずぐずしてんの見れるの超楽しい」
「がっはっはっは!お前はそういうやつだよな!」
「時々苛っとするけどね」




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