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意外と美味しい。あの猿紛いの肉。癖がなくて、何となく甘い。

「イゾウさんはこういうの好きですか」
「…嫌いじゃねェが、塩辛い方が好きだな」
「酒のつまみですか」
「だけでもねェけどな」

とっぷり日の落ちた時刻。穏やかな風が昼間の熱を吹き流して少し肌寒い。船から程近い浜。相変わらずのどんちゃん騒ぎを眺めながらグラスを傾けた。これはあれかな。酒で温かくなるやつ。

「米と食うなら辛い方がいい」
「あー、なるほど。それはわかる気がします」
「肉より魚の方が好きだしな」
「わたしは秋刀魚が好きです。焼いたやつと大根おろし」
「悪くねェ」

盃を片手に、隣に座ったイゾウさんがけらけら笑う。こっちにも秋刀魚がいるんだ。季節がしっちゃかめっちゃかだから、何をもって秋とするのかわかんないけど。

顔を正面に向けると遠目に灰色に霞む白い滝が見えた。この島の川を泳ぐ魚はあそこから落ちてきてるんだろうか。それとも、鮭みたいに海から上がっていくんだろうか。いくら食べたい。

「因みに、卵焼きはどっち派ですか?」
「あ?」
「甘いのとしょっぱいの。どっちが好きですか?」
「…だし巻き」
「…巻くのが大変なやつですね」
「サッチは適当に作ってるぞ」
「サッチさんぐらいの料理人と一緒にされても…」

そもそも、普通の卵焼きだって巻くの上手くないけど。オムライスとかは巻けない。上に乗っけるだけ。一番得意なのは炒り卵。若しくは目玉焼き。

「イゾウさん?どうかしました?」
「…いや、何でもねェ」
「…?」

押し黙ってしまった様子に首を傾げた。そんなに料理の腕を期待されてるつもりはなかったが。作る機会ないし。4番隊に勝る料理なんか思いつかない。

「おーい、イズ!」
「はあい」

片手に肉。もう片手にも肉を持って、エースさんがやって来た。本当によく食べるな。その体のどこに入ってくんだ。

「ん?食うか?」
「見てるだけでお腹いっぱい」
「何言ってんだ。食わねェと腹には、」

かくん、と首を傾けて、エースさんが黙った。と言うか寝た。通常運転だ。こうして見てると隙だらけな気がするんだけど、わたしより何十倍、何百倍も強いのは知っている。

「強さの秘訣って何ですかね」
「あ?」
「いっぱい食べたら強くなるんですかね」
「…強さの基準にもよるだろうが、エースの場合は能力もでかいだろ。自然系は悪魔の実の最強種なんて言われるくらいだからな」
「…父さんは?」
「世間一般の話だ」

苦笑いしたイゾウさんに、父さんは世間一般に含まれないのかと独り言ちる。そもそも、白ひげ海賊団そのものが世間一般から外れた扱いをされている気がする。今更だけど、とんでもない船に乗ったものだ。

「食いたいのか?」
「…まあ、興味はあります」
「肉か?」
「違う」

目を覚ましたエースさんは何もなかったかのように食事を再開する。食べてみたいけど、泳げなくなるのはちょっと。そもそも鍛え方が違うんだろうから同じようにはなれない。いや、そこまで欲張ってるわけじゃないんだけど。

「ちょっとでも強くなれるなら、食べてみるのも手かなって」
「悪魔の実か?無茶苦茶不味いぞ」
「…味の話じゃないんですけどね」

隣から何か、視線がちくちく刺さる。どれが引っ掛かったんだろう。地道な努力を怠って手っ取り早く強くなりたいなんて、なめてるとしか言い様がないけど。でも、地道に努力してるんじゃ間に合わないと思うんだよね。

「別に無理して強くならなくてもいいんじゃねェの?」
「無理してるわけじゃないですけど」
「でもあれだろ?イズが頑張っても、おれとかイゾウには敵わねェだろ?」
「…敵いませんけど」
「なら今のままでも充分なんじゃねェの?ジオンと引き分けたんだろ?」
「はい?」
「違ェのか?ラクヨウが言ってた」

ジオンと?引き分けた?もしかして囮勝負の話?そう言えば結果は聞いてなかった。そもそもハルタさんに審判をお願いしたんだけど。引き分け。そりゃそうか。わたしにはジオンみたいな大物を釣ってくる度胸はない。寧ろ甘い判定だと思う。勝つつもりがなかったわけじゃないんだけど。

「運が良かったんですかね」
「…あー、何かよくわかんねェけど…何だろうなァ。イズはもうちょっと肩の力抜いたらどうだ?」
「どこにも力は入れてませんよ」
「そうじゃねェんだけど…」

エースさんが頭を掻く。何だ。頑張れ。頑張って言語化してくれ。何にも伝わってないぞ。



***

「何なんですかあいつ!大して強くもないのに何で毎回…っ絶対おれの方が強いのに!」
「そりゃァ、あれだろ。イズが弱いからだろ」
「何で弱い奴に負けるんですか!納得できません!」
「悪い酒だな…」
「がっはっは!おれたちが本気でイズと戦ったら死んじまうからなァ!」
「それに勝負は力だけじゃねェだろ?ルーカだって、弱っちいくせにそこそこやるぞ」
「そこそこだけどな」
「ちょっと!聞こえてるからね!」
「ま、力ばっかりじゃ駄目ってこったな!そーいうのは得意なやつに教わるもんだ!」




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