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走っている。全力疾走である。自分でやったとは言え、きついものはきつい。数分前の自分を殴り飛ばしたい。背後からは複数の、十に近い気配が追ってくる。ちょっと数える余裕はない。わたしじゃ無理だ。どう頑張っても餌になる。

「キキャーッ」
「キャッギァァ!」

形容するなら、…何だろう。猿かな。蛙の脚と、長い尻尾は鰐に似ている。顔は犬っぽい気がするけど、明らかに霊長類じみた腕がある。囮になったはいいけど、果たしてこれは美味いんだろうか。

「イズル!」
「何あれ美味しいの?というか食べれんの?」
「それは、4番隊に、お任せします…っ」
「ははっ、まだまだ余裕そうだな!」
「どこが!」

飛んできた岩に頭を低くして、足元を這う根に地面を蹴る。もっと近いところで待っててもらえば良かった。誰だ船の近くで落ち合うなんて言ったのは。わたしだ。

「…っ、イゾ、さ、」
「ラクヨウ、後は任せていいな?」
「おう!任せろ!ジオンも手伝え!」
「はい!」
「おれも遊んでいいよね?」

ぱっ、と転身した三人を横目に、イゾウさんが走る。わたしを抱えて。楽だけど。楽だけどさ。…楽だからいいや。もう走りたくない。

既に盛り上がってる音がするけど、何頭かはこっちに釣られたらしい。そりゃそうだ。一人ニ頭にしたって余る。ちょっかいかけたのわたしだし。多分、彼らはそれを覚えている。群れの近くをうろちょろした身の程知らずの侵入者。縄張り意識がなかったら石でも投げようと思っていた。警戒音出された時はちょっと怖かった。

「…やっぱり銃も覚えた方がいいですかね」
「突然どうした?」
「いえ、銃も扱えたらこういう時役に立つのかな、と」
「…向上心があんのは結構だが、こういう時くらい守らせてくれてもいいだろ?」

わたしを片腕に抱え直して、イゾウさんが銃を抜いた。頭数と同じだけの銃声がして、ぱったり止む。こういう時くらいって、どういう時よ。いっつも守ってもらってばっかりですけど。

「だがまあ、どうしてもって言うんなら教えてやるよ」
「どんな心境の変化ですか?」
「変化なんかしてねェ。刀じゃ近接でしか使えねェからな」
「投げても使えますけど」
「そしたら丸腰になるだろうが」

…はあい。まあ、それで致命傷与えられなかったら地獄だし、複数人いたら足りないし、大事な短刀の回収ができなかったらたぶん泣く。から、やらないけど。

「本当に教えてくれるんですか?」
「気が向いたらな」
「…それ向かないやつじゃないですか」
「言ったろ?イズルに武器なんか持たせたくねェんだよ」
「危ない真似するから?」
「持ってなくてもすんだろ」

イゾウさんが不愉快気に眉を寄せた。ぐうの音も出ない。たぶん、持ってなくてもするから持たせてくれたというのはある。

もしかしたら、本気でお願いしたら銃の扱いも教えてくれるのかもしれない。けど、実際に検討してみるとどうだろう。刀でさえ未熟なのに、全部中途半端になりそうな。使えるようになるまでに何年かかるんだ。

「ったく、ちゃんと連れてってやるからいい子にしててくれよ?」
「…?何処にですか?」
「ワノ国。すぐにとはいかねェが、ちゃんと会わせてやるよ」

一瞬ぽかん、としてから、その意味がじわじわと染みてきた。ワノ国。会わせてくれる。弟さんに。爆弾騒動の所為で有耶無耶になっていたご褒美。

「本当に?」
「嘘なんかつくわけねェだろ」

けらけらと、まるで至極普通のことみたいに笑う。その普通が嬉しい。思い余って首に抱きついた。一瞬置いて、銃を構えていた筈の手が背中に回った。

「…あの、追加じゃないんですけど」
「ん?」
「イゾウさんのこと、もっと知りたい」
「例えば?」
「家族のこととか、ワノ国のこととか。何が好きで何が嫌いとか。どうして船に乗ってるのかとか、色々」

踏み込み過ぎたかと、少し恐々としていた。有耶無耶になるなら二度と言うまいと思っていた。嫌われるのは怖い。無神経にはなりたくない。

「おれにも教えてくれ。イズルがどうやって生きてきたのか」

顔を埋めたまま、頷くだけで返した。意外とわたしは雁字搦めだ。



***

「よくもまァ、こんだけ釣ったな」
「数だけならイズルの勝ちだね。ちょっと小物だけど」
「…」
「そんな不貞腐れた顔すんなって!数だけなら、だろ?」
「…でも」
「て言うかさあ、攻撃特化のジオンが攻撃なしで勝負してどうやって勝とうって言うの?能力者が能力なしで勝負するようなもんじゃん」




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