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ついさっきまで足があった場所が抉れた。虎のような、熊のような、ゴリラのような。何と言われたらキメラとしか言い様が無い動物だ。その拳で地面が抉れて、巻き起こされた風で体が吹っ飛ぶ。当たったらぺしゃんこで済めばいい。たぶん木っ端だ。爪がわたしの脚くらいある。

「何でこっちに走ってくんの!?」
「おれとあんたの勝負だろ!」

体に絡まる枝を掴んで、木の上で一息。擦り傷まみれだ。地味に痛い。それを見たジオンが身軽に登ってくる。来んな。一人でやってろ。

このキメラを連れて来たのはジオンだ。わたしはこういう、やばそうなのはちゃんと避けてた。ちゃんと、もっと動物っぽい動物を誘い出してた。猪みたいな牛とか。カメレオンみたいな兎とか。あれをツチノコと呼ぶのかもしれない。全然可愛くなかった。

「うわっ、無理無理無理!ジオンなら一刀両断でしょ!?」
「囮対決で抜くわけねェだろ!」
「そんなのわたしの負けでいいよ!」
「ふざけんな!あんたはいっつもそうやって、」

ゆっさゆっさ、と揺すられた木が呆気なく折れた。根本から。ふざけてんのはあんただ。わたしじゃない。よくもこんなの引っ張り出してくれたな!

木が放り出されるのと殆ど同時に銃声が響いた。当然だが、木と一緒にわたしも放り出されている。眼下で血飛沫を上げた巨躯に向かって内臓が浮いた。こんなフリーフォール嫌だ。

「…イズルさあ、受け身取る素振りくらいしたら?」
「わたしなりの受け身です」
「可愛いだろ?」

うるさい。自分で受け身を取るより、確実だと思っただけだ。見事に受け止めてくれたイゾウさんにお礼を言って、そのまま下ろしてもらう。丁度、キメラの頭部。意外と毛足が柔らかい。ふかふか。埋まったらそのまま寝られそう。

「もう10頭は要るよなァ」
「わたしはやりませんからね」
「そう言うなって!ジオンはどうした?」
「知りません」
「また何か連れてくるんじゃないの?ラクヨウが馬鹿なこと言うからだよ?」
「こんくらい問題ねェだろ?」
「おれたちはないけど。イズルはこれ以上やばいの無理でしょ」
「普通にこれも無理です」

仕留められる気がしない。逃げるだけならいけるかも。だからってわざわざ誘い出したいなんて思わない。無茶も無謀もしない。する理由がない。そういうでかいのは他の兄さんがやってくれてる。

どこがで何かが吠えた。その喧騒は明らかに近づいてきている。わたしにはわからなくても、ハルタさんとかラクヨウさんとか、イゾウさんにはもう見えてるんだろう。わたしはその様子から察するくらいしかできない。

「あーあ。油断してると、今度はぺろっと食べられちゃうかもよ?」
「何で…?」
「負けっぱなしだからなァ。イズに勝ちたいんだろ?」
「それなら腕相撲でもすればいいじゃないですか」
「そういうことじゃねェんだよ」

あれ、おかしいな。イゾウさんが味方してくれない。座り込んで体毛を指に絡ませていたら頭を撫でられた。これに関してはジオンの気持ちがわかるらしい。確かに負けっぱなしは悔しいかもしれないけど。

「…イズル?」
「いえ、半端にしてしつこく絡まれるくらいならきっちりしておこうかと思って」

すとん、と滑って着地する。何を持って勝ちとするのかは知らないけど、要するに囮として優秀であればいいんだろう。あと十頭。…は、流石に欲張りすぎだな。

「ハルタさん、審判してくれます?」
「おれ?何で?」
「一番平等じゃないですか」

ラクヨウさんはジオンの元上司。イゾウさんはわたしに甘い。勝負事に関して肩入れなんかしないだろうけど。第三者がいるならその方がいい。ずしん、と地面が揺れた。あんまり余裕はなさそうだ。

「…ふーん、いいよ。やってあげる」
「ありがとうございます」
「おい、何する気だ」
「囮です。…ついつい、追いかけたくなるような?」

お粗末な戦闘力、所詮人並みの頭。思いつくこともできることも大して多くない。また何やってんだ馬鹿って怒られるかもしれない。それでも。…ジオンと一緒にいるよりは安全な気がする。



***

「イズもその気になったみたいだなァ!」
「…」
「いーじゃん。今日は快晴だし」
「おっ、ジオンが来たぞ」
「邪魔させるわけにはいかないよねー。何するのか知らないけど」
「がっはっは!こんなでけェのはイズには無理だな!」




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