196


いつもより格段に短い航海の後、船を寄せたのは無人島だった。暑さは幾分柔らかいけども、ちょっと動いたら汗が流れるような。ドフラミンゴが絡んでる可能性がある以上、町がある島に上陸するのはデメリットがでかい、と言うことらしい。申し訳なくって仕方ない。

「どうせどこに上陸したって飲み食いするだけだからな。大して変わんねェよ」

と、そう言ったのはサッチさんだ。気を使わせてしまったようで、これまた申し訳ない。たぶん、こういうのが苦手だから、頼るとかどうとかできないんだろうな。居たたまれない。既に口を滑らせなきゃ良かった、と後悔している。

「おい、イズ!肉獲りに行こうぜ!囮になってくれ!」

目の前には野性味溢れる森林と、遠くに滝が霞んで見える。その壮大な景色を背景に、ジオンを捕まえて肩を組んだラクヨウさんが笑った。こういう時はこの人のがさつさに助けられる。不本意だけども。

「そんな堂々と言います?」
「逃げ足だけは一丁前だからなァ、どうにかなんだろ!」
「おい、何勝手に決めてやがる」
「あァ?隊長が一緒ならいいって聞いたぞ?」
「それ以前の問題だろ。うちの隊員を勝手に駆り出してんじゃねェ」
「あー、じゃあ、ジオンとイズ貸してくれ!」
「ジオンは貸してやるが、イズルは断る。囮にすんのがわかってて、許可出すわけねェだろ」
「あの、イゾウさん」
「あァ?」

隣でラクヨウさんを睨み付けるイゾウさんの袖を引っ張った。わたしの顔を見るなり、至極嫌そうな顔をして、それはもう、本当に笑いたくなるほど。

「い、行きたい、な?」
「冗談だろ…」
「がっはっは!本人の同意がありゃァ問題ねェよなァ!」
「…おれはこいつのお守りなんか嫌ですよ」
「んー?わたしに負けた人が何か言ってる?」
「なっ、んだとてめェ!一回勝ったくらいで調子に乗んな!」
「わかってるよ。武器持ったら絶対勝てないもんね」
「わかんないよ?ジオンて馬鹿正直だから」

増えた。ハルタさんが。何の集まりだこれ。イゾウさんの機嫌が急降下している。原因の半分くらいはわたしだが。

「おれ、ジオンとイズルがやってんの見損ねたんだよねー」
「…なら、もう一回組ませりゃいいだろ」
「えー、やだ。こっちの方が面白そう」

そうですね。あなたはそういう人ですね。それはわたしの要望とも合致するわけだけども。…ハルタさんの面白そうって碌でもないんだもの。こう、想定以上の難題を持ち出されると言うか。

「それとも何?イズルの好きにさせるとか言っておいて、本人の要望断っちゃう?心配なら、おれがちゃーんと守ってあげるから大丈夫だよ。ねー?」
「ねー?」
「ふざけんな。てめェにくれてやるもんなんかねェ」
「別にもらうものなんかないよ。イズルはおれの、可愛い妹だし?」
「それを言ったらジオンの姉貴だな!」
「おれこんな姉貴嫌です」
「わたしもジオンみたいな弟はちょっと」

両思いじゃないか。話が脱線してるが。弟って言っても、わたしここ数ヶ月…一年近くいなかったからなあ。改めて下っ端って感じがする。

「…イズルは貸さねェ。おれも行く」
「よっしゃ!でっけェやつ仕留めようぜ!」
「イズルの働き次第だよねー。頑張って」
「…あんまり期待はしないでください」
「ならジオンもどうだ?囮対決でリベンジマッチだ!」
「望むところです」
「は?」
「おれラクヨウのそういうとこ、全然わかんない。囮対決って何?どっちの方が美味しそうとかそういうこと?」

わたしもわかんない。けど、ジオンは乗り気だ。何に乗ったんだ。諦めがついたのか、イゾウさんはいつもの涼しい顔をしている。…あ、違うな。獲物を選んでる目だ。

「…ありがとうございます」
「気ィ抜くなよ」
「はあい」

髪をかき混ぜた手が、少し乱暴で優しい。信頼には答えなくっちゃね。無謀も無茶もしない。いや、いつもしたくてしてるわけじゃないけど。



***

「おいおいおい、いいのか?」
「言っても聞かねェだろい」
「隊長が三人もいるなら問題ないんじゃないか?」
「だとしても、船の周りからは離れて欲しくないんだがねい…」
「ふっ…、幽閉しておくには、お転婆な姫君だからな」
「イゾウがいるんなら平気でしょ。他三人見捨ててでも連れ帰ってくると思うけど?」
「…それはそれで嫌な信頼だけどな」




prev / next

戻る