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船長室の空気は重かった。たぶんタールとかヘドロとかが混入している。そう言えば、今日の騒動については詳しく話してなかった。ゾノさんが件の写真もきっちり回収してたらしい。噂の出所は不明。と言うことは、そこそこ出回ってると見て間違いない。らしい。

「ちょっと、何怒ってんの?そもそもイゾウがイズルだけで放り出した所為でしょ?」
「…わァってる」
「わかってるなら我慢してよ。ここで怒ったってしょうがないんだからさあ」
「ルーカの言う通りだな。冷静になれねェんなら一回頭冷やしてこいよ」
「…そうする」

大分乱暴に扉を開けたイゾウさんが見えなくなって、暫くしてからどぼん、と水没する音がした。頭冷やすって、頭冷やすって物理?折角お風呂入ったのに?

「結構きてますね」
「そうならない為にイズルだけ逃がしたんだろうが、裏目に出たねい」
「その所為で今度はイズルに避けられてるんだから。イゾウって結構馬鹿だよね」
「は?何?喧嘩してんの?」
「…喧嘩と言うか」

散々怒られた後で、怒ってましたなんて言いにくい。何てったって、今は悄気ている。だって父さんから怒られるなんて考えたことなかったし。

「…あー、イズが何に怒ってんのかは何となーくわかるんだけどな?せめてそれぶつけてやってくんね?あいつ意外と繊細だからよ」
「繊細…」
「別に繊細じゃねェだろい」
「繊細じゃないからこんなことになったんでしょ?」
「その辺は言葉の綾だ放っとけ!」

そんなやり取りが終わる頃、イゾウさんは水浸しのまま帰ってきた。水も滴る何とやらだが、滴りすぎて床に水溜まりができてる。真っ赤な水溜まり。朱が強いから血には見えないけど。

「ちょっとイゾウ!せめて拭いてから来て頂戴!」
「後で片す」
「本当に頭冷えたのかよ」
「さっきよりましだ」

姉さんに投げられたタオルで顔やら髪やらを拭いて、着物の袖を抜く。罪悪感とは言わない。けど、心配にはなる。どれが原因やら、もうわかんないけど。

「で、どうするの?ドフラミンゴのところに殴り込みでもするの?」
「んなことしたら海軍も黙ってねェしなァ…そもそもイズ捕まえてどうしようってんだ?おれたちと戦争でもしようってのか?」
「そこまで馬鹿じゃねェだろい」
「そもそも、今手を回しているのがドフラミンゴっていう確証はありませんよね」

そうね。写真の出所も噂の出所も推測だもんね。でも対処って。対処の仕様はあるんだろうか。船に引きこもる?全然気乗りしないんだけど。

「いいですよ。暫く大人しくしてますから」
「イズルがしおらしくなるたァ、珍しいねい」
「…流石に。いっぱい怒られたんで」

抱えた膝に顎を乗せて、少し拗ねたようになったのは見逃して欲しい。背後から頭に乗った手はリタさんだ。久しぶりだなあ。部屋違うくなって、姉さんたちに会える時間減ったから。引きこもってる間はいっぱい会いに行こう。ロハンさんたちにも遊んでもらおう。

「イズルは好きにしてていい」

ぽたり、と。滴が落ちて波紋を描いた。そんな感じだった。たぶん話はわたしが大人しくしてるってところで決着する予定で、わたしもそのつもりで。リタさんが頭を撫でてくれたのもそういうことだろう。ちょっと気の毒になったとか、そんな感じの。

「…お前、本気かよい」
「もう一回言うか?」
「要らねェ。好きにさせて、また似たようなことになったらどうすんだよい」
「そんなあるかないかもわからないもんの為に不自由させるつもりはねェ。おれが、…隊長連中が一緒なら問題ねェだろ」
「そりゃァ、その辺のやつらに引けを取るつもりはねェけどよ。一番安全なのは船でオヤジの傍にいることだろ?」
「また前みたいなことになったら、次も助けられる保証はありませんよ」
「ならねェ」
「…イゾウ、てめェ何の根拠があって言ってんだよい」
「てめェらこそ、何の根拠でイズルの行動を制限すんだよ」
「ドフラミンゴが手ェ回してるかもしれねェんだろ!もしもがあってからじゃ遅ェだろうが!」
「だからもしもはねェっつってんだろ」

取っ組み合いになりかけた空気は、父さんの笑い声で割れた。宥めようとしていたゾノさんも、横目に伺っていたルーカも、わたしも、姉さんも。揃って父さんを見上げる。笑う要素なんかあっただろうか。

「イゾウ、その言葉は絶対だな?」
「…ああ」
「なら好きにさせてやれ」
「オヤジ!」
「船長、流石に無茶です!」
「海賊に我慢しろって方が無茶だろうが」

食い下がる声を聞きながら、イゾウさんを振り返る。やっぱり困った顔で口角を上げるから、何だかわたしが泣きたくなった。イゾウさんは、わたしが欲しいものをくれる。わたしが欲しいと言う前に。わたしが欲しいと言えなくても。



***

「楽しそうですね」
「フフ…まァな」
「正直、そんなに気に入るとは思ってませんでしたけど…欲しいならおれが取って来ますよ」
「幾らだ?」
「こんな感じでどうですか?」
「フフッフフフフッ…随分吹っ掛けるじゃねェか」
「格安ですよ」
「フフ…いいだろう。だが、てめェが取ってくんのはあのガキじゃねェ」




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