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三分鬼ごっこ。時々やってたあれ。ゼイフラさんから、時々極偶にしか逃げられなかったけど。それを、ジオンと。イゾウさんルールはなし。やだなあ。自信ない。

「頑張って逃げ切ってくれよ?」
「…いっそこっちから飛び込んだ方が早く終わりますよね」
「イズル」

下げ緒を解いて、イゾウさんに預ける。向こうはラクヨウさんが。…ラクヨウさんには預けるの怖いなあ。力加減間違えそう。ジオンの大剣は兎も角。

「…わかってますよ、逃げればいんでしょ」

そんな嫌がるくせに、よくもまあやらせるもんだ。矛盾してるぞ。把握しときたいのか知らんけど。

「勝ったらご褒美くださいね」
「あ?」
「ジオンから逃げるとか、頑張んなきゃ無理」

頑張っても無理かも。人が多い。満員電車じゃ身動き取れない。
イゾウさんが、脚を伸ばすわたしの頭を撫でて離れた。何だそれ。詫びか。励ましか。何でもいいけど。

銃声を合図に、踵を返した。ジオンが一直線に追ってくる。足速っ。怖いわあ。

「捕まえたっ、」

まさか。そんな早く捕まるか。伸びてきた手を逆手に取って、勢いそのまま投げ飛ばした。予想通り。兄さんたちは避けた。人混みで縫えないんなら隙間を作ればいい。こんな狭いとこじゃ不利だもん。

逃げ遅れた兄さんがジオンと絡まってる間に、船尾まで走る。掴もうと迫ってくる手を躱して、何とか。たぶん、もう投げられてくれない。早まったかなあ。海にでも投げてれば。マストを回って、二階を回って、ジオンは素直に後ろを追ってくる。ぐるぐるぐるぐる、目が回りそう。そんで捕まりそう。間一髪が何回あったか。

何度目かの階段を飛び下りて、ジオンが地面を蹴った所で切り返して駆け上がった。二階の屋根に上がってシュラウドに飛び移れば、ジオンが二階に上がった感じがする。登るの苦手なんだよ。下りるのは得意なんだけど。

「…っ、馬鹿!」

追ってきたジオンがシュラウドに掴まる前に、反動そのままに手を離した。ここから甲板まで、そこそこの高さだ。それこそ、そう簡単に飛び下りるのは気が引けるくらい。もうそろ三分経つから、できれば滞空中に過ぎてほしいなあ。

「…、あと何分ですか?」
「…もう経った」
「ふふ、わたしの勝ち。ありがとうございます」
「勝ちじゃねェよ。死ぬ気か馬鹿」
「イゾウさんがいるんだから死にませんよ」

まあ、落ちたら落ちたで骨折くらいだ。別に頭からいったわけじゃない。

「おい!卑怯だろ、それ!」
「何言ってんの。それじゃあ、最初に絡まった兄さんも卑怯だって言っちゃう?」
「なっ、おまっ、あれも、」
「そりゃ、あんだけ密集してたら何人かは逃げ遅れるでしょうよ」

シュラウドから飛び下りたジオンに対して、わたしはイゾウさんの腕の中で、首に掴まって。ちょっと格好つかないな。腕解いてくれませんか。

「イゾウさん?あの、下ろして頂けたり?」
「…あァ」

何だ。嫌に声低いな。怒った?飛び下りたから?

「イズ、すげェな!六分超えたぞ!」
「は?」

ラクヨウさんに見せられた砂時計と、わたしを抱えたままのイゾウさんを見比べる。三分じゃなかったの。ちゃんと終わってたら、わたし飛び下りてないんじゃないの。

「イゾウがな、とりあえずそのまま続けさせろっつってよォ」
「は?」
「…ラクヨウ隊長、」
「つーわけで、ジオンの完敗だな!まあ、次だ次!次頑張れ!」
「…くっそ、」
「いや、わたし余分に走ったってことですか?何で?ちょっとイゾウさ、」

ん。何度もし慣れた、…というほどしてないけど。押しつけられた柔らかい感触に、思考が置いていかれた。だって、わたしはさっきまで走り回ってて、今集中切れてて、だって怒ってるんじゃ、…何で?

「何がいい?」
「はい?」
「ご褒美。何か欲しいんだろ?」
「え?…あ、いや…何も、考えてませんでしたけど」
「考えときな。何でもやるよ」
「はあ…?」

ちゅ、と、今度は頬に口づけをして、イゾウさんが漸くわたしを下ろす。え、いや、待ってよ。何なの。感情ジェットコースターかよ。



***

「イゾウ、三分過ぎたぞ」
「わかってる」
「何だ、まだ続けんのか?」
「…ベイのやつ、余計なもんまで教えやがって」
「何だ?嫉妬か?男の嫉妬は見苦しいんだろ?」
「嫉妬じゃねェよ」




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