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この気紛れ大魔神。どこで不機嫌になって、どこで機嫌よくなったんだ。取説をくれ。永久保証はなくてもいいから。

「…あっついんですけど」
「あァ、次は夏島らしいな」
「そういうことじゃない…」

甲板の隅で抱えられて、何となく遠巻きにされている。そりゃあね。わかりますよ。わたしだって同じことするもん。そんないちゃいちゃしてる男女なんて見てたかて面白くないもんね。暑苦しい。

「…イズルがあの店に通ってたのは」
「はい?」
「通りがよく見えるからか?」
「あの店って、…まあ、そうですけど。言われると恥ずかしいんでやめてください」
「いや?おれもそうしただろうよ」

…はい?何か、柄にもないこと言ってる。あの、待ち合わせの島で、賑やかな往来は人で溢れていて。わたしにその一人一人を判別する術はない。それでも、イゾウさんが通ったらわかりそうだけど。格好的に。

「まさか覇気まで身につけてくるとはな…」
「イゾウさんなら、見えるんじゃないですか」
「あ?」
「もしくは聞こえる?って言うんですかね?」

わたしよりもずっと詳しく。もっとすごいと、未来が見えるなんてのもあるらしい。その御仁にはお目にかかりたいけど、敵だったらどうしよう。

「大体の人数くらいは把握できるけどな。一個人を選べる程、長けちゃいねェよ」

へえ、そっか。そういうもんか。まあ、向き不向きで言ったら武装色っぽいよね。知らんけど。

ゆるりと、イゾウさんが髪を鋤いた。暑い。伸びた髪が首に張りついてる。鬱陶しいな。切っちゃうか。

「イズルは?」
「はい?」
「どのくらいまで見えてる?」
「…目の届く範囲は、割合正確かなあと、思いますけど」

言ってて自信なくなってきた。目の届く範囲って視力によるし。例えば海の上で、水平線の様子がわかるかって言ったら全然わかんないし。

「…おれがいなくても平気、か?」
「…さっきの様子を見て判断して頂ければ?」

もしくは何日か前の。大人数は、捌ききれない。逃げ続ける体力も足りない。頑張ったんだけどね。頑張って、前よりはましになったと、思ってたんだけど。

「おれがいるから死なねェ、か」
「…いや、それは、…絶対受け止めてくれると思ったから」
「信じてもらえるたァ、嬉しいね」

腹に絡んだ腕に力が入る。やめてよ、暑い。納豆になる。

「イズルが反応するとは思わなかった」
「はい?」
「おれの銃弾に」
「イゾウさんの?」
「島で追われてた時」

島で…?あ、あれか。髪持ってかれたやつ。たぶん、動かなかったら持ってかれなかったやつ。

「…避けきれてませんけどね」
「贅沢言うな。見ないで避けられんだから、大したもんだろうよ」

…はあ。何か、誉められている。誉められている?こんな何日越しに?どうしたの。暑くておかしくなっちゃったの?



***

「何あれ。暑苦しい」
「一段落してからずっとあの調子だよい」
「一段落?何かやってたの?」
「イズルとジオンで鬼ごっこだと。なかなか面白かったねい」
「え、何それ。おれもやりたい」
「イゾウに言えよい」
「どっかの無人島でやろうよ。逃走中みたいにさ」
「メタいこと言うな」




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