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街から外れて、外れて外れて海っ縁。漸く見えた大きな大きな鯨の船。ついつい先を急いだ足が、絡んだ指を解いた。

「リリーさん!」
「イズ!」

広げてくれた腕に飛び込めば、柔らかい腕が抱き締めてくれる。温かい。安心する。帰ってきた感じがする。

「良かったわ。元気そうで」
「皆は?」
「元気が有り余って困ってるくらいよ」
「ふふ、相変わらずみたいで何より」

リタさんと、エルミーさんと、代わる代わる抱き締めて抱き締められて。船の上には兄さんたちが見える。…あ、マルコさん。怒ってる。たぶんめちゃくちゃ怒ってる。

「マルコさん、えらい怒ってる?」
「そりゃそうよ。連絡一つ寄越さないで。何の為に電伝虫を持たせたのか、わからないわ」
「マルコさんも大変ね」
「イズが島に着いてるって聞いてから、ずっとあの調子よ」

へえ。連絡行ったんだ。ベイさんが連絡してくれたんだな。どうもありがとうだ。それで何を怒ってるのかは知らないが。

「父さんは?」
「待ち侘びてるわよ」
「ふふ、ごめんなさい?」
「全くよ、もう。目処も何にも言わないで行っちゃって」

嗜める声に笑って返事をして、甲板に上がる。そうね。何にも知らなかったから、何にも考えてなかったもんね。いつぞや、ルーカに怒られたのを思い出す。何でそんなに無知なの!?って。ごめんて。たぶん、今でも同じことするけどね。

「父さん!」

声をかけてくれる兄さんに手を振って、一直線に突っ切った。にやりと上がった口角に、言い切れない思いが募る。

「随分と長い家出だったじゃねェかァ」
「ごめんなさい?」
「グララララ、元気なら何よりだ」
「父さんも元気そうで良かった。…あの、ただいま」
「あァ、よく帰ってきた」
「ふふ、父さんにね、一番が良かったの」
「あァ?」
「ただいまって言うの。父さんに一番に言いたかったの」
「グララララ!嬉しいこと言いやがる!」

自己満足なんだけどね。船に帰ってきて、初めてただいまだから。

「イズル、よく帰った」
「…ただいま!」
「兄貴にも言ってやんな」
「はあい」

優しく頭を撫でられて、人集りに飛び込んで行く。容赦なく頭を引っ掻き回して、誰に何回返したかわかんないくらい。あっちこっちからおかえり、と聞こえる。良かった。歓迎してもらえて。忘れられてたらどうしようとか、思わないわけじゃなかったから。ただいま。ここが、わたしの家だ。



***

「てめェ、何か言うことあんだろい」
「あァ、悪かったよ」
「…やけに素直だねい。気持ち悪ィよい」
「随分な言い種だな?」
「日頃の行いが悪ィんだろい。お前が上機嫌な時はろくなことがねェ」
「何、イズルから良いもん貰っただけさ」
「へェ?」
「教えてはやらねェけどな」
「…てめェ、ちったァ反省しろい!」




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