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寂しくなかったわけじゃない。教えてもないのに勝手に集まって見送られてから、…ざっくり数ヶ月。時折思い出しては、ちょっと泣きたくなったこともある。泣いてないけど。それでも、やっぱり間違ってなかった。わたしの人生史上、稀に見る大正解。…だといいな、と思っている。

「数日のうちにって、どのくらいですかね?」
「さあね。こればっかりは天候次第だよ」
「…因みに、ベイさんたちが寄航する予定は?」
「甘えたこと言ってんじゃないよ。イゾウに文句言われるなんて御免だからね」
「はあい」

文句。言ってくれるだろうか。そもそも何に言うんだろうか。浮かんだ疑問をそのまま放置して、ベイさんに差し出された手を両手で握った。言葉は不便だ。それ以上を伝えきれない。

「本当に、ありがとうございました」
「礼を言われることでもないよ。あたしらも、イズルがいて楽しかったからね」
「達者でやれよ」
「あんまりベイさんを困らせないでくださいね?」
「はは、言うようになったなァ?」

頭を下げて、手を離して、船縁を蹴った。何だろう。寂しいとは少し違う。それは、仮住まいだったからとか、そういうことじゃなくて。

「また、どこかで!」

会えると、妙な確信があった。既に遠退いた船から、返答はない。あったかもしれないけど、聞こえなかった。そもそも届いたかどうか。まあ、いいや。気は済んだ。

踵を返せば、海風が背中から吹く。そこそこ大きな島と言っていた。足を踏み入れた先は、それに見合うほど、立派で騒がしい街だ。取り敢えず、どうしよう。宿とっても、いつ寄航するのか知らんし。ああ、まずいな。浮わついてる。思ってる以上に、わたしは楽しみにしてるらしい。



***

「船長も意地悪っすね」
「何の話だい?」
「数日のうちに、なんて。いつ寄航予定かぐらい、わかってる癖に」
「ふふ、教えちまったらつまらないからね。待つ側の気分を味わうのも勉強だよ」
「因みにいつなんですか?」
「さあ?」
「…船長にも言っといて欲しかったよなァ」
「何だい?」
「あんまりおれたちを困らせるなっ、てっ、」
「無駄口叩いてないで、さっさと動きな!」
「へーい」




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