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いつも通り、の、最後の夜。髪を拭いてくれるイゾウさんも、拭かれてるわたしも。言葉もないまま時間が過ぎる。人気の少ない船は寒くて、何だか余計に痛い。 「…イゾウさん」 「…ん?」 呼べば返事が返ってくる。当たり前が当たり前じゃなくなる。何回も呼びたい気分。そんなあからさまなことしないけど。くっつきたくなるのは、寒いせいじゃない。 「どうした?」 呼ぶだけ呼んで何も言わないわたしに、優しい声が降ってきた。あんまり、やめてよ。泣きそう。 「イゾウさん、今日一緒に寝てもいいですか」 「…あァ、構わねェよ」 イゾウさんの手が髪を梳く。終わらないで欲しいなあ。自分で決めたのに、それが間違ってるなんて思わないけど、でも辛い。後ろから抱き締める腕が、もう恋しい。 「…我儘でごめんなさい」 「何言ってんだ。こんなもん我儘でも何でもねェよ」 「だって自分で行くって決めたのに」 「今からだって、やめてくれていいぞ?」 「…やめない」 くっついた背中が温かい。大好きな、腕の中。なるほど、失くしてから気づくは真理だ。それが、ただ惜しいだけの錯覚だとしても。 「イゾウさん、髪紐とかいります?」 「髪紐?」 「…これ」 あっ、握りしめてたから、ちょっと癖ついちゃった。昼間のうちに極簡単な荷造りをして、その後。イゾウさんと過ごすか迷ってやめた。あんまり長く一緒にいたらぼろが出る。絶対。 「おれに?」 「…良かったら。あんまり凝ったものじゃないですけど、」 「いる」 些か食い気味な返事に少し遅れて、イゾウさんが紐を手に取る。矯めつ眇めつ、とまではいかないものの、眺め回されて喉が乾く。だって、売り物じゃないんだもん。出来の良し悪しは、ちょっと甘くしてほしい。 「きれいだ」 「気に入って頂けたなら何よりです」 「これ買いに行ってたのか」 「…まあ、はい」 間違ってはないよな。買ったのは材料だけど。わざわざ手作りって言うのもな。あんまり好きじゃないな。 「大事にする」 「心変りしたら捨ててくださいね」 「本気で言ってんなら怒るぞ」 「ふふ」 しまった。つい、笑っちゃった。その返事好き。イゾウさんに怒られるなら悪くない。一瞬腕が離れて、暫くして戻ってくる。その手に髪紐はもうない。代わりに、見覚えのある短刀が握られていた。 「…どうしたんですか、それ」 「使うかと思ってな。銃より刃物の方が向いてんだろ」 「そう…ですか?」 「…いや、銃ならおれが教えてやりたいだけだ」 「そうですか」 妙な満足感と、受け取った刀は相変わらず。大きくもなく、重くもない。何か、しっくりくる。気がする。 「…有り難くお借りします」 「いや、やる」 「はい?」 「元々、イズルにと思ったもんだ」 「…いつから?」 「…イズルが戦いたいって言った時から」 「ちょっ、それ相当前、」 「あの時は持たせんのも考えてたんだよ。銃は使ったことねェって言ってたしな」 それは、全然…存じ上げませんでした。手に乗ったそれを握り締める。あげた側から貰っちゃってどうしよう。 「ありがとうございます」 「イズル」 「はい?」 「イズルが好きだ。愛してる」 「…わたしも、イゾウさんが大好きです、…ん、」 唇が重なって、舌が絡んだ。手に手を重ねれば、指先が絡む。絡まって絡まって、解けなくなったらどうしよう。それはそれで嬉しいなんて、…本当にわたしはどうしようもないな。 *** 「ベイ」 「おや、イズルと一緒じゃないのかい?」 「あんまりいたら、離してやれなくなんだろ」 「これはこれは、随分ご執心だね?」 「まァな」 「それで?何の用だい?」 「…イズルを、よろしく頼む」 「そんなこと言われなくたって、オヤジさんからの大事な預かりものだよ」 「それでも、頼むからちゃんと帰してくれ」 「…あんたからそんな言葉を聞くとはね。そんなに大事かい?」 「…あァ、大事だね。おれが心底惚れた女だ」 |
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