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引き抜きじゃない。移るわけでもない。ただ暫く、ベイさんの船に乗りたい。父さんの、白ひげの船じゃできないことがある。イゾウさんと一緒じゃ、わたしは一生このままだ。

「嫌だっつってんだろ。いざって時はおれを呼べばいい」
「だから、それが嫌なんですってば!わたしはイゾウさんをそういう風に使いたくないんです!」
「おれがいいって言ってんだから問題ねェだろうがよ」
「イゾウさんが良くてもわたしが嫌なんです!」
「なら、おれが稽古つけてやる。それでいいだろ」
「そんなこと言って、甘やかすじゃないですか!それじゃあ駄目なんです!」
「駄目じゃねェだろ。今のままでだって、何の支障も問題もねェ」
「そりゃ、わたしが武器持ったところで何のプラスにもならないでしょうけど!」
「ならねェな。そんなに甘いもんじゃねェんだよ!」
「わかってますってば!」
「わかってねェだろ!」

頑として譲らないわたしと、頑として首を縦に振らないイゾウさん。怒鳴り合うなんて初めて。イゾウさんと、だけじゃなくて。人と喧嘩するなんて、たぶん生まれて初めて。…あ、ハルタさんがいた。

「…そんなに止めたきゃ、銃でも構えたらいいんじゃないですか」
「イズル、」
「怒鳴って脅かすくらいじゃ、わたしは言うこと聞きませんよ」

ついさっきまで騒がしかった店内は、明らかに白けきっている。ごめん。でも今しかなかったんだよ。たぶん。

「…何でわざわざ傷つきに行くんだよ」
「自分のことは、自分でちゃんとしたい。その上で、ちゃんとイゾウさんが好きって言いたい」

困って、呆れて、苛立って。不愉快をごっちゃ混ぜにしたような顔が、驚きに塗り変わった。目を見開いて、開きかけた口を引き結ぶ。ごめん。狡くてごめん。

「今のままじゃ、助けてくれるから好きみたいで嫌っ、」

顎を掴んだ手が、顔を上向かせて引き寄せる。噛みつくような荒っぽい口づけは、驚いてる間に剥がれた。ごめんて。そんな顔しないで。

「…おれは、それでも良かった」
「わたしは嫌です」
「狡ィよなァ…おれが敵わねェってわかってて言っただろ」
「誰かさんに似てきたんじゃないですか」
「…ふざけんじゃねェ」

わたしの肩に頭を凭せて、イゾウさんが力無く言う。良かったじゃん。似てくるのは、好いてるからだってさ。何かに書いてた。

「…出航は?」
「いつでもいいよ?別にログを溜めに来たわけでもないからね」
「明後日まで待ってくれ」
「ああ、オヤジさんにも、挨拶しなきゃならないしね。明後日の昼ぐらいにしようか」
「…わかった」
「イズル」
「はい」

ベイさんに、振り返りたいんだけどちょっと無理。首だけ捩ったら、不敵な笑みを浮かべた。

「あたしはこいつらみたいに甘くないよ?」
「だから、ベイさんがいいんです」
「言うじゃないか」

幾らだって言うよ。ベイさんだから、腹を括ったんだって。大丈夫。自分で決めたんだから。自分で決めたんだから、負けない。



***

「すげェ殺し文句だな」
「どれがだ?」
「ちゃんと好きって言いたい、なんて、一遍言われてみてェ」
「あァ、それはそうだが…それは言ってることにはなんねェのか?」
「あれだろ?イゾウ隊長にってより、周りにじゃねェの?」
「周り?おれたちか?」
「ジオンやらキアラやら、ここ最近立て続けだったからな」
「あァ…あっ、ルーカには言うんじゃねェぞ!」
「あ?だってあいつ諦めたんだろ?」
「諦めたって、イズを追っかけて海賊船に乗るようなやつだぞ!ベイさんのとこにまで押し掛けちまったら…」
「有り得ねェと言えねェのがすげェよな」
「笑い事じゃねェけどな」




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