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昼と夜で、がらりと様相が変わるらしい。日暮れが見えないこの島では、灯りが点いたら夜。そういう習慣も知らなかった。

「そんなに速くないって言うから、前を走らせたんだけどね」
「そんなに速くないですよ。50mで九秒とかです」
「障害物がなければの話だろう?」
「…まあ」

それにしたって、大して速くはないと思うんだけど。人混みで人にぶつからずに歩くのは、日本人の特技だから。学校に遅刻しそうな時とかね。

「イゾウさん飲みます?」
「…あァ」
「いつまで膨れてんだい。いい加減機嫌直しなよ」
「どの口が言ってんだ」
「それについてはイズルに謝ったじゃないか。そもそも、イゾウが黙ってたのが発端だよ」

カウンターで、わたしを間にまたやいのやいのと言っている。
同じ店、でも面子が入れ替わった。リリーさんはロハンさんに送られて宿に帰ったって。おやすみなさいって言い損ねた。

「わたしより、イゾウさんの方が余っ程繊細ですよねえ」
「あァ?」
「言っときますけど、わたしはそこまで無垢でも純真でもないですからね」
「はは、よく言う」
「…どういう意味ですか、それ。別に世の中がそんなにきれいにできてないとか、誰が嫌いとか妬ましいとか、わたしにだってありますからね」
「あァ、そうだな」

頬杖をついたイゾウさんが、意味ありげに視線を向ける。何だ。何か。伸びてきた手が髪を梳いて、目がゆっくり細められた。

「それでも、おれには真っ白に見える」
「…は?」
「何も知らねェで、おれみたいなのに捕まっちまって」
「イゾウさん?」
「知らねェままでいいんだよ。イズルはそのまんまでいい」

何か、どうした。まるで、眩しいものでも見るような。それが少し寂しくて、何だか嫌だ。

「でも、わたしはこのままじゃ嫌です」
「イズル?」
「ベイさん。昼間の話は生きてますか」
「…腹括ったのかい?」
「はい」
「おい、」
「イゾウさん。わたしは、イゾウさんがいなくちゃ生きていけないのは、嫌です」

ちゃんとするの。わたしが、ただ好きだから選んだんだと。胸張って言える為に。



***

「イズルってさ、鳥みたいじゃない?」
「はあ?」
「篭の中に入れとかないと、どっか行っちゃいそう」
「あァ、まァ、わからなくはねェけど」
「それで猫とかに食べられちゃってさ」
「は?」
「サッチだったらどうする?ずーっと篭の中に入れとく?」
「…あんまり難しいこと聞くんじゃねェよ」
「ふふ、イズルはねえ、たぶん暗幕で覆うくらいしておかないと駄目だと思うんだよねえ」




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