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町に、奇妙な色がついている。例えるならそんな感じ。別にサングラスかけてるとか、そういうことじゃない。そろそろ街灯が欲しくなるような薄暗さに、何か、妙に居心地が悪い。

「思ったより早いわね。急ぎましょうか」
「何かあるの?」
「何かって、…何にも言ってないのね」

足を速めたリリーさんについて、少し駆け足になる。脚の長さが違うから仕方ない。いっそ走ってしまった方がいい気がする。何か、ぞわぞわする。

「イズルは走れるかい?」
「そんなに速くないですけど」
「店の場所は覚えてるね?」
「はい」

とん、と背中を押されて、地面を蹴った。人が疎らになった往来をすり抜けて、来た道を戻る。そこここで下世話な会話が耳に入った。売春街か。確かに知りたくなかったな。

「イズ!待って!」
「えっ、」
「よォ、お嬢ちゃん。そんなに急いでどこに行くんだァ?」

呼ばれる声に振り返って、ぶつかった。如何にも柄が悪いです、と全身で主張するような風体に、謝罪の意思も薄れる。誰。何。待って。何でそんなに遠いの。

「…離してください」
「お姉ちゃんたちは向こうでお楽しみだとさ」
「馬鹿にすんな」
「へへ、気が強ェのは大歓迎だ」

うるさい離せ!蹴り飛ばした脛に、掴む手がきつくなった。ああ、くそ!逆だわ逆!弁慶だって泣くところだぞ!

「痛っ、てェな、この女!」
「離せっつってんだろこの屑!」

腹を足蹴に、つっかえ棒にしていたら、足が地面を強く叩いた。顔を押さえてよろめく男との間に入った、濃紫の壁。

「無理強いはご法度だった筈だけどねえ?」
「何すんだてめェ!」
「痛いのがお望みかい?」

すっ、と。ベイさんが刀を構えて、空気が変わった。悔しい。わたしが足手纏いだっていうのはわかってる。自分の身一つ、儘ならない。

「イズル!」
「は、…えっ、イゾウさ、」

どこから。そんなことを問う暇もなく、抱き締められて泣きそうになった。悔しい。悔しい悔しい悔しい。悔しい。何にもできない。守られて、こんな最中に安堵してしまう。

「ベイ」
「お叱りは後でもいいかい?」
「あァ…イズルに手ェ出したのはどいつだ」

頭を押しつけられて、声が潜もって聞こえる。数発の銃声と、悲鳴。見えなくても、何となくわかる。

「イズル、何された」
「…腕、掴まれただけ」
「嘘じゃねェな?」

両手で頬を包んで、覗き込まれる。他、なんて、何か言われたとか?ちょっと恫喝されたくらい?

大きく息を吐いたイゾウさんが、そのままわたしを抱き竦めた。良かった。来てくれて良かった。良かったけど、このままじゃ駄目だ。



***

「ちょっと!何でロハンがここにいるのよ!」
「すみません。マルコ隊長に言われて、」
「そういうことじゃない!イズを先に助けなさいよ!このくらい自分でどうにかできるわよ!」
「いや、イズの方にはベイさんが行ったんで、」
「それよりも先に!いたならもっと速く助けられたでしょう!」
「…いや、あんまりすばしっこいんで追いつけなかったんですよ」
「文句を言いたいのは山々だけど、何も言えないわ!」
「はあ…すみません」




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