155 |
ベイさん。ホワイティ・ベイさん。どっかで聞いたことあると思ったら、イゾウさんの苦手な人じゃないですか。本当に会える日が来るとは。 「はじめまして、イズルです」 「…ちょっとマルコ、あんたはこの子の礼儀正しさを見習った方がいい」 「うるせェよい」 カウンターで背中を向けたまま声だけ返ってくる。へえ。マルコさんも苦手なんだ。何となくわかるけど。リリーさんの、更に姉さんて感じ。かっこいい。 「にしても、随分可愛らしいじゃないか。リリーが可愛がるのもわかるよ」 「…あ、ありがとうございます?」 「ふふ、何か食べるかい?」 頬をむにむにと撫でられ、ベイさんに連られてテーブル席に座る。イゾウさんはカウンターの方に追いやられてた。三人で女子会ですか。 「ベイは昔うちの船に乗ってたのよ」 「そうなんですか」 「もう何年も前だけどね。それこそ、マルコが見習いだった頃だよ」 「…それは、いつですかね…?」 「あはは、マルコに聞いてみたらいい。ああ、丁度その頃だね。イゾウが船に乗ってきたのは」 …いつだ。そしてこの人幾つだ。いいなあ。わたしも、こんな風とまでは言わないから、そうやって年を取りたいなあ。 「いただきます」 「あたしのおすすめだよ」 「楽しみです」 丁度、運ばれてきたご飯に手を合わせる。周りは皆、リリーさんも酒を飲んでる中、一人でご飯て言うのもちょっと恥ずかしい。空きっ腹には飲まないけど。 「ベイさんは、今も海賊なんですか?」 「そうだよ。一所に落ち着くなんて向いてないからね」 「船長やってるのよ」 「へえ、かっこいいですね」 何か白々しい返しになっちゃったけど、そっか。そういう生き方もできるんだ。いや、誰でもできるわけじゃないと思うけど。そういうのも有りなんだって。 「イズ?」 「あ、いや、すごいなあって。リリーさんたちは見てるけど、女の人で、海賊で、船長ってはじめてだったから」 「そうねえ。多くはないわよね」 「九蛇なんかは全員女だよ?」 「あれは特殊事例じゃない」 「まあね。でも、多くはないけど、いないわけでもない。船長やってるのだって、あたしだけじゃないさ」 …そっか。ああ、何か嫌だな。男性優位の社会が染み付いてる感じ。社長と言われたら、つい男性を思い浮かべてしまうような。忌々しい。 「イズルは船長になりたいのかい?」 「いいえ、全く。わたしは人を率いれるような人間じゃないんで」 「そうかしら。意外と上手くやるんじゃない?」 「船長やるのに、人を率いる能力なんかいらないからね。いざという時、周りがついてきてくれるだけだよ」 「…余計に難しい気がします」 それに、わたしは下っ端でいるの好きだからなあ。指示されるだけの方が楽。アルバイトはするけど社員にはなりたくないみたいな?ちょっと違うな。 「ふふ、なら、うちで勉強していくかい?女海賊の在り方をさ」 「おい」 それは、ちょっと魅力的。なんて。そんなことを考えたのを見透かされたようで、つい肩が跳ねた。船を下りたいわけじゃないけど、今この場所じゃできないことも、あるような。そんな気がして。 「堂々と引き抜きしてんじゃねェよ」 「おやおや、過保護ってのは本当らしいね?」 「あァ?」 「そういうのは本人が決めるんだよ。横から口出しなんて野暮じゃないか」 「…」 ありゃま。イゾウさんが言い負けた。珍しいもの見たなあ。顔は見えないけど、酒の飲み方が荒っぽい。気がする。何にしても、そこそこ機嫌が悪そうだ。 「イズルはイゾウのとこかい?」 「あ、はい。一応。雑用しかしてませんけど」 「雑用なんて、皆が一番やりたがらないところだろう?それをやってるんだから、胸張っていいんだよ」 「ふふ、いつもありがとうね?」 「…こちらこそ」 すごいなあ。だから皆ついていくんだなあ。どうしよう。かっこいい。 「それより、あんな自己中の権化みたいなやつのところで、大丈夫かい?…ジョズとか。ああ見えて優しいよ?」 「皆優しいですよ。できないことは手伝ってもらってます」 「できないことを手伝うのは当たり前じゃないか。家族が困ってるところを見過ごすなんて、男がどうの以前の問題だよ」 「ふふ、当たり前を当たり前にできるのは、当たり前じゃないんで」 「こういう子なのよ」 「なるほどね」 どういう子よ。詳しく聞かせて。食べ終わった皿に向かって手を合わせる。美味しかった。流石ベイさんおすすめ。 *** 「あんまり苛々すんなよい」 「あァ?」 「…自己中の権化ってのは、言い得て妙だねい」 「うるせェな」 「何をそんなに苛立ってんだよい?別に四六時中べったりがいいわけじゃねェだろい?」 「…イズルが断ってねェ」 「あァ?…あァ、そういうことかい」 「くそっ、冗談じゃねェ…」 「おーい、酒追加だよい」 |
prev / next 戻る |