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「…イゾウさん」
「ん?」
「逆上せそうなんで、上がっていいですか」
「早くねェか?」
「だって…」

熱っついんだもん。内何割かはくっついてるせいだけど、単純に湯温が。逆に何で平気なの。

「背中流してやるから座んな」
「えっ、いいです。大丈夫です。自分でするんであっち向いててください」
「いいから座れ」

待って。待って待って待って待って待って。待って。落ち着きかけていた心臓が、大きく跳ねた。本気で言ってる?逆上せて幻聴聞いてるだけじゃない?

「タオル」
「…えっ、あの、本気です…?」
「そんなに緊張しなくたって、死にゃあしねェよ」

いや、死ぬんだって。緊張で人って死ぬと思う。最早これは緊張ではない。緊張ではない何か。…何だ。何かだ。

「目ェ瞑って、息止めてな」
「はい?」

突然、頭から滝のようなお湯が落ちてきた。咄嗟に目を瞑って、息を止める。待て待て待て。流石に乱暴が過ぎないか。

「もっかい行くぞ」

文句を言う暇もなく、二滝目が落ちてきた。濡れて伸びた前髪をかき分けたら、鏡越しにイゾウさんが笑っている。笑い事じゃなくない?下手したらわたし溺れない?

「…あの、もうちょっと優しくお願いしてもいいですか」
「次からな」

…次があんの?ないよ?あんの?く、と背中側のタオルに指を掛けられて、何とか解く。何とか解いて前に抱える。何この綱渡り。ピエロ顔負けじゃない?

「上向いてな」

背中に来るもんだと思っていた手が頭に来た。再度目を瞑って上を向けば、大きな手が髪に潜る。美容室かここは。上手いなこの野郎。

「流すぞ」
「…はあい」

あ、今度は優しいんだ。次ってこれのことか。ちゃんと顔にかからないように手を乗せて。何か、小っちゃい頃ってこんな感じだったかも。

「肌真っ赤」
「熱かったんです」
「悪ィな。次はもうちょい温くする」

…次?次があんの?ないよ?ないよね?わたしが頭の中でぐるぐるしている間に、水気を切って、トリートメントつけて、また流して。

「…イゾウさん上手ですね」
「そうか?」
「うん」

同じようにできる自信ない。ぽ□ちゃんとかで練習させてほしい。彼氏がハイスペック過ぎるのも考えものだな。別にそこに惹かれたつもりはないけど。

「イズル、腕」
「はい?」
「腕伸ばしな」

はい?何て?何で?そんなに洗われんの?腕は自分で届くけど?何なら背中も届くけどさ。
恐る恐る伸ばした腕を滑って、指が絡んだ。何か。何か大丈夫そうだ。怖くない。肩から力が抜けた。風呂で疲れてどうする。

「流すぞ」
「はあい」

今更だけど、すごい贅沢では?隊長に背中流してもらうって。誰に自慢のしようもないけど。



***

「あれ、サッチじゃん。何でいんの?」
「そんな言い種あるかよ…」
「だって16番隊がここで飲んでるって聞いたから。イズルもいるのかなって思ったんだけど」
「残念ながら、イズは来ねェってさ」
「何で?」
「たぶん、イゾウ隊長と一緒です」
「えっ、まじ?そんな感じ?今どこにいんの?」
「…やめてやれ」




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