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大きくて、硬い。腕も背中も。あれ、本当に全部筋肉なんだな。何と言うか、変な感じ。自分の体を柔らかいなんて思ったことなかったけど、やっぱり違うんだなあって。自分の腕を触ってみても、やっぱりふにゃふにゃしてる。

「何やってんだ?」
「…何ということでもないです」

髪を拭かれながら、自分の腕揉んでるって。端から見たら変な人だな。別に筋肉痛とかじゃない。

「イゾウさん、手貸してください」
「手?」
「手というか腕?」
「ちょっと待ちな」

お終いとばかりに髪を梳いて、腕が前に回ってくる。片方でよかったし、髪拭き終わっちゃうのは寂しいんだけど。何て我儘な。まあいいや。

「どうかしたか?」
「…さっき、背中とか流した時に、硬くてびっくりしたから」
「普通だろ?」
「わたしの普通はわたしの腕です」

おいこら。笑ったな。顔見えなくてもわかるぞ。そりゃわたしの腕と比べたって比較にならないんだけどさ。こんなに違うものが、同じ腕って面白いなあって。大きい手。

「おれもびっくりした」
「はい?」
「知ってたけどな。細いのも小さいのも」

…そっか。イゾウさんの普通はイゾウさんだもんね。緩く握ってきた手を握り返してみる。そりゃ細くて小さくておっかないかもね。子供苦手の理由も、ちょっと納得いく。

「…、何ですか?」
「いや?」

頬に擦り寄って、片腕が腹に回って、擽ったい。何か心理的に。擽ったくて、気持ちいい。背中の体温も、絡んだ指も、頬に触れる唇も。

「…あの、イゾウさん」
「ん?」

心臓がどくどく言っている。でも、ちゃんとしなきゃ。ちゃんとしたいから。全部してもらって、やってもらって、いつの間にか慣れている。それじゃあ、駄目なんだって。

「…イゾウさんは、…その、わたしとそういうことしたいんですか」
「当たり前だろ」

あー、やめて。即答やめて。ゆっくりして。考える時間をください。いや、知ってた。何となく知ってたんだけど。

「別に急がなくていいぞ」
「…いや、あの、嫌ってわけじゃないんですけど、…その」
「怖いか?」
「…怖い、と言うか」

残念ながら、と言うのかどうだか知らないが、今、わたしは既に満たされてる。満足してる。こうやってイゾウさんに抱き締められて、時々キスして、これ以上を欲しがる器がない。コップから水が溢れてるのに、もっと水が欲しいなんて。そういう感性は、あんまりない。

「いっぱい貰ってるから、これ以上貰ってどうしたらいいのかわかんないんです」
「…欲がねェなァ」
「そうですか?」

イゾウさんがわたしを片膝に抱え直して、顔と顔が向き合った。普段見上げてる顔が、同じ高さか、少し下にある。新鮮。そんで、ちょっとどきどきする。

「おれは足りねェ」
「…、」
「もっと触れたいし、もっと知りたい」

頬を撫でられながら、ぎらぎらした目に息を飲んだ。何か、心臓溶けそう。これは、怖いと言うのかもしれない。これ以上、そんな風にされたら。そう、一瞬考えただけで体温が上がる。気がする。

「かわい」

そのまま頭を抱えられて、唇が重なる。食んで、離れて、深く、舌が絡む。いつもより息が浅い。体がぞくぞくして痛い。

「…もっと、欲しがっていい」
「イゾウさ、」
「言えよ。もっと欲しいって」

あ、駄目。欲しいって、欲しいなんて。言葉を待つように、じっとわたしの目を覗く。体は頭より正直に、イゾウさんに手を伸ばした。

「…、ください」
「…あァ、幾らでもやるよ」

押しつけられた唇と一緒に、体が後ろに倒れた。ぎし、とベッドが鳴って、背中が柔らかく沈む。こんなに、いっぱい貰って。どうしようね。わたしにあげられるものなんかあったかな。



***

「イズ、大丈夫かしら」
「まだ心配してるの?」
「だって心配じゃない?あの子、結構不器用だから」
「そうねえ…でも、その分イゾウが器用なんじゃない?」
「違うわ。あれは場慣れしてるだけの不器用よ」
「酷い言われようね」
「だって、そうじゃなかったらこんなに時間がかかるわけないのよ」
「リリーは二人にどうなって欲しいの?」
「イズが幸せになってくれるなら何でもいいわ」
「親馬鹿ならぬ、姉馬鹿ね」




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