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満腹になって、町を回って、落ち着いたかと言えばそうでもない。わかってたけど、わかってなかった。いつもそうだ。見込みが甘い。 「イゾウさんと…?泊まるんですか…?」 「嫌か?」 「嫌じゃないですけど…何で?」 宿を取るのは知ってた。だって、その為に来たようなもんだし。船じゃ寒いから、めちゃめちゃ寒いから上陸したんだもの。まさか、今更船に戻るわけがない。だからって。何で? 「一人で泊まっても面白くねェからな」 「…ロハンさんたちは?」 「どっかにはいるだろうけどな」 そりゃ、どっかにはいるだろうさ。そんなことを聞いてるんじゃないんだよ。わかって言ってるな。 「あのー、部屋は如何します?」 「ああ、ダブルで、」 「待って待って待って待って待って!待って!ツインで!」 「…えっとー、どちらに?」 「…っ、ツインでいい」 「ちょっと!何笑ってんですか!」 「いや?部屋が一緒なのはいいのかと思ってな」 「あっ…、え、待って。あの、お姉さん、」 「変更は聞かねェってさ」 「んなわけないじゃないですか!」 何笑ってんのさ!笑い事じゃねえわ!わたしも、何をあっさりOK出してるんだ阿呆か!そもそも何で二人で泊まる話に…、何で。何で! 「イズル、行くぞ」 「…あい」 「別にいきなり襲いやしねェよ」 「当たり前ですよ。誰もそんなこと言ってません」 何のかんのと言って、出された手を素直に握ってしまうんだから質が悪い。本当、ろくでもないのに捕まったな。御愁傷様だわ。 さっぱりした、と言うか、普通の部屋だ。特に何かあるわけでもなく。…あ、でも、窓から通りが見える。 「イズル」 「はい?」 「こっちおいで」 ベッドに座ったイゾウさんが、自分の膝を叩く。…て言うかさ?そもそもさ?さっきの今で平常心でいられるわけないだろ馬鹿。そこまで無神経じゃねえわ。 イゾウさんが座ったのと、別のベッドに腰を下ろしたら、とうとう声を上げて笑い出した。そんな、そんなに笑わなくたっていいじゃんか。馬鹿らしくなってきた。 「…はー、可愛いな、本当に」 「やっぱり別部屋がいいです」 「寂しいこと言うな。何もしねェから」 靴も靴下も上着も脱いで、ベッドから下りる。嘘つき。イゾウさんの何もしないは大体何かするじゃん。わかってて一緒にいるわたしも大概だが。 「…意識し過ぎ」 「誰のせいだと」 「おれのせいか?」 「…他の誰かのせいかもしれませんね」 「ふ…、つれないこと言うな」 ぎゅうぎゅうに抱き締めながら、耳元で囁く。絶対わかっててやってる。いつもより容赦ない感じ。心臓と肺が咽の辺りにある気がする。 「ダブルの方が広いぞ?」 「…一緒に寝ませんからね」 「船では一緒に寝てんだろ」 「あれとこれとは別じゃないですか」 「別ねェ…」 船でだって、そんなに一緒に寝てねえわ。大体が、…あれだ。不可抗力。…ん?おかしいな。不可抗力だったらいいみたいだ。それ誰への言い訳?不可抗力だからしょうがないは、大体の場合、自分。へ、の。 「どうした?」 「余計なことに気づいてしまって後悔しているところです」 「へェ」 興味なさ気な返事をして、イゾウさんが頭を撫でる。とんだ臆病者だな、わたしは。欲しがるのが怖いから、イゾウさんに甘えてる。 「風呂、どうする?」 「…先どうぞ」 「一緒はなしか」 イゾウさんが笑いながら、顔を覗き込む。別に嫌なわけじゃない。嫌だけど。いっそ無理矢理連れてってくれたらいいのに、この人はそういうことはしない。 「イズル?」 「……お好きにどうぞ」 そっぽを向いて、最終判断は相手任せ。ずるい。せこい。けど無理。これ以上は。自分から一緒に入りましょうなんて口が裂けても言えない。と言うか、そもそも人に見せられるようなご立派な体じゃない。失敗したかも。言った側から後悔してる。 「…っ、何、」 「前言撤回は聞かねェよ?」 いや、だからって。こんな横抱きなんてやめて。無理。誰もいないからって恥ずかしくないわけじゃないんだからな! *** 「さっきのお客さん、何騒いでたんですか?」 「んー?何かー、たぶん恋人同士なんだけど、ダブルかツインかで揉めてて」 「え、何それ。どっちがどっちですか?」 「男性がダブルでって言ったんだけど、女性がツインでって割ってきて」 「うわあ、男の人可哀想ですね」 「わたしもびっくりしたけどねー。でも手を繋いで上がってってさ。何か、微笑ましくって」 「へえ…結局どっちにしたんですか?」 「ツインで入ったけど、…どうかなー」 |
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