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島を離れるなり快晴。雨が続くと太陽が恋しくなるのは、わたしらしいなあと思う。身勝手。無い物ねだり。 「傷の具合はどうだ?」 「大丈夫。もうそんなに痛くない」 「…無茶はするんじゃねェぞ」 「してないってば」 笑ったわたしに、父さんが困ったように眉を寄せた。皆それ言う。わたしがいつ無茶をしたのさ。風評被害だ。 「すまねェな」 「はい?」 「痛かっただろう」 呼び出された父さんの部屋。他には誰も、姉さんたちもいない。一体何の用やらと思っていたけど、これか。膝の上で靴を脱ぎ捨て、胡座をかいた。やだなあ。 「どうして父さんが謝るの?」 「あァ?」 「イゾウさんも、リリーさんも謝る。何なら、リタさんもエルミーさんも、ロハンさんたちにまで謝られた。謝らなかったのなんて、ジオンとハルタさんくらい?」 まあ、会ってない人もいるけど。ラクヨウさんなんか、イゾウさんに追い返されてたしね。確かに、あの大声は傷に響くけども。 「わたしを刺したのはキアラさんで、父さんたちが悪いわけじゃないのに、謝られても嬉しくない」 「…厳しいなァ」 笑った父さんが、どこからともなく酒を出す。姉さんがいないからって。横目に睨めば、困ったように眉を下げた。 「お前ェ、リリーに似てきたな」 「いっぱい一緒にいるからじゃない?」 「大目に見ちゃくれねェか」 「じゃあ半分飲む」 「…そんなに飲めんのか?」 昼間っから酒なんて、初めてかもしれない。なみなみ注がれたグラスを受け取って、軽く乾杯して口をつける。わたしが一杯飲む間に一瓶空けそう。 「あの馬鹿がしたのは、この船の、鉄の掟を破る行為だ」 「…生きてるけど」 「そういう問題じゃねェ」 呆れ混じりに、父さんがため息を吐く。それはそうだけど。終わり良ければ全て良しとも言うし。寧ろ皆に心配してもらって、わたしはめちゃめちゃ幸せなんだけど。 「…、こうなる前に手は打てた」 「そりゃあ、後から考えたらできることなんていっぱいあるけど。それは後から考えるからできることじゃないの?」 「それでも、だ。大事な家族を失うなんてのは、経験したいもんじゃねェ」 …ああ、こういうのを、胸が痛むって言うのかな。今回、わたしっていう家族は死ななかったけど、キアラさんていう家族は失ったわけだから。 「悲しい?」 「あァ?」 「キアラさんがいなくなって、悲しい?」 「…お前ェに訊かれるとはなァ」 「だって、わたし以外誰も訊けないでしょ」 些か笑みが自虐的だったかもしれない。こういうところが、人に嫌がられるのかな。悲しくても悲しくなくても、まあ、どっちでもいいし気にしないんだけど。 「嬉しかねェ…だが、お前ェが無事で良かった」 「ふふ、ありがと」 「笑い事じゃねェぞ。今回は運が良かったが…」 今日の父さんはいつにも増して顰めっ面が多い。運が良かった、と言うか、イゾウさんが間に合ったから、何とかなったって言われた。難しいこと言われてもわかんないけどな。只、わたしはまたイゾウさんに助けてもらったんだなあと思っただけ。いつもお世話になります。 「イゾウさんにね、貰ったの」 襟元から引き抜いたチェーンの先。水仕事とかで、つけたり外したりするの怖いから。わざわざ報告するつもりはなかったんだけどね。姉さん経由で聞くだろうし。 「…指輪か?」 「うん。刺されたのは痛かったけど、悪いことばっかりでもなかったよ」 「グララララ…めでてェじゃねェか」 「いや、何でくれたのかわかんないけど。でも、たぶん切っ掛けにはなったから、キアラさんにお礼言わなくちゃなあって」 「逞しいやつだ」 「父さんの子だもん」 半分くらい空いたグラスに、酒が足される。折角の酒なら、美味い酒がいい。どうせなら、楽しい肴で飲みたい。 *** 「どうしたの?リリーがため息なんて」 「今、船長とイズが二人で話してるのよ」 「ああ、キアラの件ね。…まさか、船下りたりとか」 「それはないわ。イゾウがいるもの」 「喜んでいいのかわからない信頼ね」 「それで、何が心配なの?」 「二人とも、まさかとは思うけど飲んでるんじゃないかと思って。船長もイズもあの調子じゃない?」 「…まさかと言いたいのは山々だけど、諦めた方がいいと思うわ」 |
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