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雨は好きだ。海の上じゃ大変だけど。主に兄さんが。でも、島に停泊中ならあんまり関係ない。船はちょっと揺れるけど。

「はあい」

ノックの音に返事をすれば、イゾウさんが顔を出した。しょっちゅう来てくれるのは嬉しいけど、ちゃんと自分の時間を大事にしてくれ。

「出掛けるぞ」
「…いってらっしゃい?」
「違ェよ、イズルも行くんだよ」

はい?わたしまだ外出許可出てませんけど?刺されてから、たぶん一…二週間くらい?もうそんなに酷くは痛まないけど、あんまり歩き回るなって釘を刺されている。そんなこと言われなくたって無茶なんかしないよ。痛いもん。

「要するに、歩き回らなきゃいいんだろ?」
「はい?」
「ちょっと!長時間雨に打たせるのも駄目よ!」
「え、出掛けていいんですか?」
「…イズがどうしてもって言うなら、ね?」

リリーさんが首を傾げて溜め息をつく。様になるなあ。そのまま絵になれそう。最早なってる。

「出掛けていいなら出掛けたい。もう寝てるの飽きちゃった」
「そう来なくちゃな」
「イゾウ!絶対無理させないで頂戴!夕飯までには帰ってきて!」
「わかってるよ」

リリーさんお母さんみたい。それに適当な返事をしたイゾウさんが、わたしに上着をかけて抱え上げる。…抱え上げる?待って。わたしが想定してたのと違う。

「痛くねェか?」
「…痛くはないですけど」
「よし、行くぞ」
「えっ、あの、このまま…?」
「これなら負担も少ねェだろ?」
「…心理的負担が」
「雨降ってんだ。誰も見てねェよ」

傘を片手に、わたしを片腕に、医務室から出た。すれ違う兄さんが苦笑いして手を振る。何の笑いだ。いっそ突っ込め。

「…傘くらい持ちます」
「いい」

ぱん、と音を立てて傘が開いた。いつもは飛び下りるイゾウさんが、今日はタラップから下りていく。なあに?やたらと機嫌良いのね?



***

「なァ、イズルを連れ出したいんだが、駄目か?」
「イズを?何かあったのか?」
「ちょっとな。どうだ?」
「医者としちゃ、反対だなァ。イズが医務室の外で大人しくできるわけがねェ」
「歩かせなくても駄目か?」
「はあ?…まさか、抱えて行く気か?」
「それならベッドに座ってんのと一緒だろ?」
「理屈はそうだが、…わかったよ。但し長時間は駄目だ」
「ああ、約束するよ」




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