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体も起こせるようになったし、ご飯も食べられるようになった。けど、こんな怪我したことないから、比較対象がなくてわからん。入れ替わり立ち替わり見舞いに来てくれる皆の様子じゃ、相当治りが遅いらしい。化け物か。何で刺された傷が一日二日で治るんだ。

「聞かない方がいいって言われなかった?」
「いっぱい言われました」

皆口を揃えて言う。それはどういう意味で聞かない方がいいんだ。そうやって隠されれば隠されるだけ気になる。ハルタさんなら教えてくれるかと思ったんだけど。駄目?

「まあ、この船のルールを破ったんだから、行くとこなんて一つしかないよね」

ああ、やっぱりそうなんだ。ベッドに肘をついて、ハルタさんはにこにこ笑う。そのくらいの予想は、つかなかったわけじゃないけど。別に一矢報いたいなんてこともないし。…いや、ざまあ見ろくらい言いたかったかな。

「…何で皆教えてくれなかったんですかね。そんな隠すほどですか?」
「んー、実際のところね?イゾウに口止めされてるんだよ。本人たちが聞かせたくないのもあるだろうけど」
「イゾウさんに?」
「そ。イズルは優しいから、自分がやったことがばれたら怒られるとでも思ってるんじゃない?」
「別に優しくは」

ない。と、思うんだけど。ていうか、別に怒らないけど。人様の人権を害する者に人権なんかないと思ってるからね。しこたま痛めつけられればいいと思ってるよ。

「イズルの前では優しい優しいイゾウさんでいたいんだってさ」
「おい」
「お帰り」
「余計なこと喋ってんじゃねェよ」
「だってイズルが知りたいって言うから」

掴みかかったイゾウさんの手をあっさりかわして、ハルタさんはご機嫌で医務室から出ていく。隠し事をばらしたハルタさんよりも、ばらされたイゾウさんの方が気まずそうだ。可愛いなあ。

「別にイゾウさんがキアラさんの腕をもいでても、わたしは喜んでざまあ見ろって言いますよ」
「…そういうことじゃねェよ」

そうか。違うのか。まあ、血生臭いのに怖じ気づくタイプには見えないよね。じゃなきゃ、骨まで食べる金魚なんか飼わない。可愛いんだ。最近わたしを餌と認識したらしい。金魚鉢に近づくと硝子に頭ぶつけるの。そのうち割れそうで怖い。

「…あんまり、そういうとこは見せたくねェんだよ」
「わたしは、そういうイゾウさんも好きですけど」
「…は?」

脱力したように椅子に座ったイゾウさんが、目を丸くして顔を上げた。そんなに?それは、どういう気持ちの顔?

「…あの、好きですよ?ちゃんと…その、言ってなかったですけど」

何か、何か言ってよ。わたしだって恥ずかしいんだよ。そんなまじまじ見ないで。だってほら、わたしが好きになったのは、普段のイゾウさんですよって。

「い、一緒にいるなら、イゾウさんがいいんです、」

言葉の最後を飲み込むように、イゾウさんの舌が口蓋をなぞった。押し返したら奥まで入ってくる。も、むり。心臓がぎゅうっとする。自分の声ばっかり。息が足りなくて、くらくらする。そして痛い。ちょっと痛い。

「…っ、ぅ…いぞうさ、んっ、」
「ん」

唇を舐められて、体が強ばった。鬼。悪魔。怪我人に盛るな、馬鹿。

「…おれは船にいる女は抱かねェ」
「はい?」
「フィロッソから聞いた」

…口止めしたのに。イゾウさんには言わないでって。でも、ありがとう。いっぱい、見えない所でも助けてもらってる。まあ、そうしてもらえるような人間で在れるよう努力もしてるけどな!

「…一応聞きますけど、何でですか?」
「後が面倒くせェ」
「なるほど」

まあ、予想はついたけど。一回で割り切ってもらえる人と、もらえない人。かっこいいのも大変ね。

「イズルは別だけどな?」
「…ぅ、ありがとうございます?」
「早く治せよ?」
「悪化しました」
「今のはイズルが悪い」

頬を撫でて、額に唇を寄せて。その温度が好きで。どうしても好きで。もっともっととねだりたくなる。けど、早く治せって。早く治して何する気ですか。



***

「イゾウ」
「あ?」
「怪我人に手を出すなんて、どういう了見かしら?」
「あれはイズルが悪い」
「開き直らないで頂戴。気持ちはわからないでもないけど、我慢なら得意でしょう」
「得意じゃねェよ。おれを何だと思ってんだ」




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