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見慣れた、木目の天井。薬の匂い。ここが医務室だと気づくのに、そう時間はかからなかった。生きてる。いや、死ぬなんて思ってなかったけど。

「イズル?」

その声が酷く心配そうで、つい笑みが溢れた。あ、痛い。笑うと痛い。

「おはよ、ございます?」
「…おはよ」

自力で起き上がるのは無理と見た。頭を撫でる手も見下ろす目も、優しくて優しくて、やっぱり笑ってしまう。痛い。とても痛い。

「何笑ってんだ、馬鹿」
「だって、イゾウさん、すごい心配してくれたんだなあって思って」
「当たり前だろ。ふざけんな、馬鹿」

そのまま床に片膝で座って、枕元に突っ伏す。そんな、馬鹿馬鹿って言わないでよ。死ぬわけないじゃない。死んだら化けて出るレベルよ、これ。そんなことになったら、イゾウさんにもう触れない。それは嫌。洗い髪そのままの髪を梳いたら、イゾウさんが顔を上げた。

「痛むか」
「流石に痛くないってことはないですけど」
「…悪い」
「何でイゾウさんが謝るんですか」
「おれが傍にいるべきだった」
「ふ…、お風呂は一緒に入りませんよ」
「そうじゃねェよ」

わたしの手を握って、頬に擦り寄せて、イゾウさんが目を閉じる。ゆるりと指を動かせば、今度はゆっくり目を開けた。

「寝てないんですか」
「…まあな」
「ちゃんと寝てください。イゾウさんが具合悪くなる」
「そんな柔じゃねェよ」

何だっけ。わたしが奴隷船に乗せられた時だ。あの時も寝てなかったって言わなかったっけ。寝てよ。イゾウさんが起きてても、わたしは早く起きられないもの。

「半分、使います?」
「ん?」
「眠たくないですか?」
「怪我人のベッド奪うほど鬼じゃねェよ。…ここだけ貸してくれ」

手を握ったまま、目を閉じる。ごめんなさい。心配かけてばっかりで。今回に関しては、わたし悪くないけど。いや、いつもわたしはそんなに悪くない気がするけど。

何となく傷の位置を探ってみたら、包帯が厚くて固い。刺されたんだよね?撃たれるでも、どっちでもあんまり変わらないけど。死ぬつもりなんかなかった。し、自分が死ぬなんて考えてなかった。馬鹿だなあ、この女とか。そんな感じで。…そういえばどうなったんだろう。わたしはどのくらい寝てたんだろう。

「…、イズ!」

不意に開いた扉とリリーさんに、人差し指を立てる。困ったように眉を下げたリリーさんが、目を拭ったのは見なかったことにした。こんなこと言っちゃあ不謹慎だけど、嬉しいね。いっぱい心配してもらって。



***

「イズが目ェ覚ましたって?」
「ええ。今はまた寝てるけれど」
「イゾウは?」
「イズの傍で寝てるわ」
「あいつ、付きっきりだったもんなァ…」
「気が抜けたんでしょ?明日辺りには会いに行けそう?」
「一遍には駄目ね。傷の治りが遅いのよ」
「…まさか、」
「毒物だとか、そういうことじゃないわ。単純に、イズの体力の問題だと思うけど」
「サッチ、何か体力つくもの作って」
「おう、任せろ!」




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