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ぎし、とベッドが鳴った。船に戻るや否や、部屋に一直線。放り出されたベッドの上。痛くはない、けど。

「で?何だって?」
「いや、あの、マチにおまじないって言ってしたから、」
「さっき聞いた」

さっき言ったからね。靴も脱いでないわたしに、イゾウさんが覆い被さってくる。不機嫌とか、そんな目付きじゃない。たぶん、このまま首を絞められても納得できそう。

「何でルーカにすんだよ」
「…ルーカがしてって言ったから…っ、」
「へェ、言われたら誰にでもすんのか」
「し、しない!けど、」
「けど?」

イゾウさんの手が首筋を這う。待って。ぞわぞわする。怖い。泣きそう。

「…、それで、お詫びになるなら、って…わたしが、ルーカの首絞めちゃったから、」
「それとキスすんのにどういう関係があんだよ」

頬に上がってきた手が、拭うみたいに滑る。あれだ。ルーカがした場所。やたらと手つきが優しいから、余計に怖い。

「なァ、何でルーカにキスすんだよ」
「ごめんなさ、」
「何でって聞いてんだよ」

滲んだ涙が、こめかみに流れていく。怖い。何て答えたらいいのかわかんない。

「わたしの、気持ちが楽になると思ったから。罪悪感とか、そういうの、」
「だからってキスすんなよ。おれのもんだろ」

イゾウさんの手が髪を梳く。心地好いのと、怖いのと、しっちゃかめっちゃかになってる。気が狂ったらどうしよう。

「い、イゾウさんのじゃない。わたしのです」
「へェ?だからおれ以外とキスすんのか?」
「そういうことじゃ、」
「髪の先から指の先まで、おれ以外のやつに触らせんじゃねェよ」
「…無茶な」
「無茶じゃねェよ。どんだけ我慢してると思ってんだ」

頭が回ってないから、言葉がそのまま声になってる。我慢て、そんなこと言われたって。

「なァ、イズル。愛してる」
「…っ、」
「おれにはねェのに、何でマチとルーカにはすんだよ」
「だって、」
「だってじゃねェよ。海兵なんかの為に手ェ汚しやがって」
「ごめんなさ…っ、た、」

なに…今何した。掌の、親指の根元のところ。…噛んだ?言った通り、血で汚れてるのに。というか、話を聞けよ馬鹿!

「だってイゾウさんが最後までするって言うから!」
「あァ?」

動きを止めたイゾウさんと目が合った。相変わらずの不機嫌限界突破したような顔に、怪訝そうな、困惑したような色が混じる。この、…忘れてんな、この野郎!

「わたしが初めて頬っぺにちゅうした時、イゾウさんが言ったんじゃないですか」
「…あ、」
「別に!別に嫌とか、そういうんじゃないですけど…イゾウさんは忘れてたかもしれませんけど!わたしは気にしてました!」

だからって、ちゅうしたいの我慢してたとかそんなこともないけど!

「わたしは、言われなきゃ、言葉にされなきゃわかんないんです。何が嫌とか、どうして欲しいとか、言われなきゃわかんないんですよ」
「イズル、悪かった」
「別に、謝ってほしいわけじゃ、」

ない。打って変わって、わたしを抱き締め始めたイゾウさんに、言葉の先が埋もれる。重い。結構重い。首に手を回したら横に転がった。今度は腕が壊死する。人の頭って重い。

「ごめんなさい。不用意だったのはわかってます」
「…おれも悪かった。イズルがいいって言うまで、無理矢理抱いたりしねェよ」
「…忘れてましたよね」
「忘れてたな」

この野郎。気にしてたわたしが馬鹿みたいじゃないか。何さ。あんだけ怖い顔してた癖に、けらけら笑っちゃってさ。



***

「ありゃァ、何事だよい」
「イズがルーカの頬にキスしちまったからなァ。もう部屋から出て来れないかもしれねェな」
「ねえ、ドフラミンゴがイズルに会いに来てたよ」
「あァ?あれ、イズにちょっかいかけに来てんのか?」
「…トラブル持ってくんのだけは一流だねい」
「あと、イズルにちゃんと教えてあげてよ。四皇とか、海軍のこととか。あれじゃそのうち死んじゃうよ」
「イゾウに言えよい」
「嫌だよ。おれが死んじゃう」




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