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「二度と他のやつとキスすんなよ」
「マチとか姉さんは?」
「…あんまりすんな」
「はあい」

ベッドに転がったまま、機嫌の直りきらないイゾウさんが言葉を吐く。あんまりって。ああ、でも、髪拭く話の時に言ってたね。姉さんたちもライバルなんだね。

「野郎とべたべたしてんのもむかつく」
「いや、してませんけど」
「頭撫でられたりすんだろ」
「…それは、しますけど」
「距離が近いんだよ。すぐ食ったり食わせたりするしな。あと、」
「まだあるんですか」
「我慢してたっつったろ」
「それは、言ってましたけど…何でその時に言わないんですか」
「全部言ったら縛りつけてるみたいで嫌だったんだよ」

いや、そんな、だからって。全部我慢することもなかろう。聞くかどうかは別だもの。というか、自覚あるんだ。今言っちゃったから関係ないけどね。イゾウさんは、意外と不器用。

「自由に、好き勝手してるイズルがいいんだよ。おれがあれこれ言うと、気にして何もできなくなんだろ」
「でも、本当に好き勝手してたら嫌なんじゃないですか」
「自分の恋人が他の野郎といちゃいちゃしてて嬉しいわけねェだろ。許せ」

…へえ、そんな風に見えてるんだ。そんなつもりは更々ないんだけど。ああ、でも。あんまり嬉しくないかもしれない。わたしにも心当たりはある。いつぞやの香水とか?イメージ湧いた。何となくわかった。

「…呼ばれたのは嬉しかった」
「はい?」
「おれの名前呼んだだろ」
「聞こえたんですか?」
「もっと早く呼んで欲しかったけどな」

イゾウさんがわたしの髪を梳く。あんなに怖かったのにね。こんなに温かくて、愛されてるなあと思う。思える。

「イゾウさんのが、一番好き」
「あ?」
「頭撫でるの、イゾウさんのが一番好き」
「…誤魔化されねェぞ」
「ふふ、残念です」

別に誤魔化すつもりで言ったんじゃないけど。好きだなあ、こういう時間。腕は痺れてるけど。すごく安心する。大丈夫だって思う。

「イズル、キスしたい」
「…それは、あの、」
「イズルからしてほしい」

…それは、あの、頬っぺとかじゃなく、な、感じよね…?したことないんだけど。いや、だからこんなことになったんだろうけど。したことないからやり方わかんないんだけど。

「…どうやったらいいですか」
「起きた方がやり易いか?」

くん、と腕を引っ張られて体が起きる。もぞもぞと膝立ちになれば、イゾウさんが腰を抱いた。目を閉じた顔を見下ろすのは新鮮で、…本当にきれいな顔してんな、この人。顔が凶器。

「…、もっかい」

触れて、離れてみれば、イゾウさんが満足げに笑っている。鬼。悪魔。わたしはもういっぱいいっぱいなんですよ。

「イズル」
「…頑張りますから、目を閉じてください」
「嫌だ」

鬼!悪魔!ぎゅ、と肩を握れば、イゾウさんの手が頬を撫でる。飴と鞭がお上手なことで。

「…ん、いぞうさ、」
「舌出しな」

くちゅ、と、部屋に湿った音が響く。息が苦しくて止めたい。けど、もっとほしい。



***

「お、機嫌直ったのか」
「ルーカ出しな」
「ここにいるよ」
「てめェ、次同じ真似したら、両手両足使い物にならなくするからな」
「心配しなくたって、もうしないよ」
「お?何だ、諦めんのか?」
「だってイズルさ、おれの首絞めながらイゾウの名前呼ぶんだもん。ここで死んだら、イズルはおれのことずっと気に病んでくれるのかな、とか思ったんだけど」
「…お前、それ二度とすんなよ」
「だから、しないってば。そもそもおれは、イズルにちゃんと好きって言ってないしね。卑怯だって言っていいよ」
「…次はもっといい恋しろよ」
「うるさいな。自分の心配すれば?」




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