113 |
掌に、まだ感触が残ってる。指が強ばって上手く動かない。まだ首を掴んだままの形をしているみたいだ。咳き込むルーカが遠く見えて、心臓がきつく収縮した。 「おい、平気か?」 「げほっ、さっち、…くるのがおそい、よ」 「そんだけ言えりゃァ問題ねェな」 問題、なくないでしょ。だって。だって死ぬところだったんだよ。わたしが殺すところだった。わたしが、絞め殺すところだった。 「イズル!」 大きい声で名前を呼ばれて、肩が跳ねた。イゾウさんの声と、腕。顔を上げれば、眉を寄せた顔。心臓がまた小さくなる。 「…はい」 「怪我はねェか?」 「わたしは、何ともない」 「ん、無事で良かった」 「ごめんなさい」 ごめんなさい。そんなつもりじゃなかったとか、そんなの関係ない。自分の意思と反しているから。操られていただけだから。そんなのが免罪符になるなら、幾らだって使う。けど、死んだら帰って来ない。わかってなかったのはわたしもじゃないか。次なんかないのに。 わたしの頭を一度だけ撫でて、イゾウさんが手を離す。背後で、金属がぶつかる音がした。しっかりしろ。こんな、座って呆けてる場合じゃないだろ。 「ルーカ…!」 「イズル…、怪我はない?」 「ごめん」 「大丈夫だよ、このくらい。サッチの方が容赦ないもん」 赤い筋が、みみず腫みたいになって血が滲んでいる。無理矢理剥がしてもらったから。わたしが、そんな強さで首を掴んでいた。 「ごめん。ごめんなさい」 「そんな顔しないで。何ともなかったんだから」 「何ともなくない」 「…もう、大丈夫だってば」 ルーカに頭を撫でられて、泣きそうになる。馬鹿か。わたしが泣くことじゃないだろう。わたしがルーカに慰められてどうする。 「先に船に戻ろう。たぶん、海軍は追って来ないと思うけど」 先に、船に。このまま。周囲は惨状と言っても差し支えない。白と赤が斑に散らばって、誰が無事かもわからない死屍累々。まだ、生きてるかもしれないけど。 「ルーカ、ごめん。やりたいことがある」 「イズル?…って、ちょっと!今度は何するつもり!?」 一番近くにいた海兵の、赤くなった制服を裂いて傷口に押し当てる。まさかこの刀も、こんな風に使われるとは思ってなかったに違いない。 「き、さま…何を…」 「応急処置です。それ以上のことはできません」 「海賊を、信用、できるわけないだろ…!」 「喋らないでください。あなた方に死なれたら困る」 「は、あ…?」 「意識があるんなら、自分で押さえててください」 裂傷、銃創。こんなのわたしがどうにかできるわけがない。気休めにしかならない止血をして、それが役に立つなんてこともないかもしれない。でも、ここは、これからマチが生きていく場所だ。こんな、ぐずぐずにして行くなんてしたくない。八つ当たりと現実逃避。と、自己満足。なんて浅ましい。 手は、みるみるうちに赤くなった。イゾウさん、ごめん。服汚しちゃった。 *** 「隊長が揃ってお出ましとは」 「うちのが随分世話んなったみたいだからなァ?」 「下らねェ真似しやがって…きっちり落とし前つけてもらおうか」 「…この島を預かる者として、退くわけにはいかないな」 「てめェ、部下がやられてもそいつの味方かよ」 「誰が海賊の味方をすると言った!」 「はあ…?何だよ、面倒くせェな…」 |
prev / next 戻る |