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掌に、まだ感触が残ってる。指が強ばって上手く動かない。まだ首を掴んだままの形をしているみたいだ。咳き込むルーカが遠く見えて、心臓がきつく収縮した。

「おい、平気か?」
「げほっ、さっち、…くるのがおそい、よ」
「そんだけ言えりゃァ問題ねェな」

問題、なくないでしょ。だって。だって死ぬところだったんだよ。わたしが殺すところだった。わたしが、絞め殺すところだった。

「イズル!」

大きい声で名前を呼ばれて、肩が跳ねた。イゾウさんの声と、腕。顔を上げれば、眉を寄せた顔。心臓がまた小さくなる。

「…はい」
「怪我はねェか?」
「わたしは、何ともない」
「ん、無事で良かった」
「ごめんなさい」

ごめんなさい。そんなつもりじゃなかったとか、そんなの関係ない。自分の意思と反しているから。操られていただけだから。そんなのが免罪符になるなら、幾らだって使う。けど、死んだら帰って来ない。わかってなかったのはわたしもじゃないか。次なんかないのに。

わたしの頭を一度だけ撫でて、イゾウさんが手を離す。背後で、金属がぶつかる音がした。しっかりしろ。こんな、座って呆けてる場合じゃないだろ。

「ルーカ…!」
「イズル…、怪我はない?」
「ごめん」
「大丈夫だよ、このくらい。サッチの方が容赦ないもん」

赤い筋が、みみず腫みたいになって血が滲んでいる。無理矢理剥がしてもらったから。わたしが、そんな強さで首を掴んでいた。

「ごめん。ごめんなさい」
「そんな顔しないで。何ともなかったんだから」
「何ともなくない」
「…もう、大丈夫だってば」

ルーカに頭を撫でられて、泣きそうになる。馬鹿か。わたしが泣くことじゃないだろう。わたしがルーカに慰められてどうする。

「先に船に戻ろう。たぶん、海軍は追って来ないと思うけど」

先に、船に。このまま。周囲は惨状と言っても差し支えない。白と赤が斑に散らばって、誰が無事かもわからない死屍累々。まだ、生きてるかもしれないけど。

「ルーカ、ごめん。やりたいことがある」
「イズル?…って、ちょっと!今度は何するつもり!?」

一番近くにいた海兵の、赤くなった制服を裂いて傷口に押し当てる。まさかこの刀も、こんな風に使われるとは思ってなかったに違いない。

「き、さま…何を…」
「応急処置です。それ以上のことはできません」
「海賊を、信用、できるわけないだろ…!」
「喋らないでください。あなた方に死なれたら困る」
「は、あ…?」
「意識があるんなら、自分で押さえててください」

裂傷、銃創。こんなのわたしがどうにかできるわけがない。気休めにしかならない止血をして、それが役に立つなんてこともないかもしれない。でも、ここは、これからマチが生きていく場所だ。こんな、ぐずぐずにして行くなんてしたくない。八つ当たりと現実逃避。と、自己満足。なんて浅ましい。

手は、みるみるうちに赤くなった。イゾウさん、ごめん。服汚しちゃった。



***

「隊長が揃ってお出ましとは」
「うちのが随分世話んなったみたいだからなァ?」
「下らねェ真似しやがって…きっちり落とし前つけてもらおうか」
「…この島を預かる者として、退くわけにはいかないな」
「てめェ、部下がやられてもそいつの味方かよ」
「誰が海賊の味方をすると言った!」
「はあ…?何だよ、面倒くせェな…」




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