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最初に倒れたのは、目の前にいた海兵だった。背後にいた海兵が、剣を持っていた。仲間割れ、なんて。もしそうなら、こんな叫び声は聞こえない。

何これ。別に人が傷ついていくのを見るのは初めてじゃない。いや、流石にそう何十回もはないけど。ないけど、それで心を痛めるような優しさは持ち合わせてない。のに、足がすくむ。鳩尾がぞわぞわする。しゃんとしろ。今はイゾウさんはいないんだから。

「フッフッフッ…相変わらずみてェだな」

聞き覚えは、あるようなないような。振り返れば、悠々と歩いてくる真っピンクのもふもふ。わかった。覚えてる。というか、忘れようのない色だよね。

「…イズルの知り合い?」
「知り合いというか、わたしを落札し損ねた人」
「助けてやったってのに、随分な挨拶じゃねェか」

助けたって、助けられて緊張するなんてことある?…いや、あるけど。イゾウさんに怒られそうとか。でも、そうじゃなくて。この人は絶対やばい。何がやばいって、先ず金銭感覚がやばい。わたしに1,000万だか何だか出して、一体何しようって言うのさ。

「ドフラミンゴ!貴様…どういうつもりだ!」
「恨むんなら自分の弱さを恨め」

ぴくりとも動かないダンデさんが、ぎしり、と軋みそうなほどに歯を剥いた。何か嫌だな。この人の意見に賛同するのは。

「ドフラミンゴって…」
「ルーカの知り合い?」
「そんなわけないだろ。王下七武海の、…って言ってもわかんないね」
「うん」
「帰ったらちょっと勉強しようね?流石にまずいと思うよ」

…はあい。ルーカに諭されるって、何か屈辱。いっつもちゃらちゃらしてんのに、意外と真面目でしっかりしてる。むかつく。

「礼の一つくらいあってもいいんじゃねェか?」
「感謝される為に行動するのは心が貧しい人の発想らしいですよ」
「イズルちょっと黙って!」
「…フフ、言ってくれるじゃねェか」

突如、踵を返した足がルーカの足を払った。何今の。わたしの体でそんな動きできるんだ。覚えておこう。なんて、そうじゃなくて。

「イズル…っ、何で、」
「待って待って待って、わたしじゃない!」
「白ひげの船じゃァ、仲間殺しはご法度だったよなァ?」

ルーカの首を、わたしの手がきつく掴む。何これ。さっきの海兵たちと一緒か。そりゃあ叫ぶわ。わたしだって叫びたい。

息を吸って、吐いた。大丈夫。叫んだってしょうがない。ルーカの両手がわたしの手首を掴んでる。わたしの手なんか簡単に振りほどけるだろうに、何力加減なんかしてんの。馬鹿じゃないの。

「…ルーカ、わたしのベルトに、刀があるから、」
「は、あ…?」
「黙って。左の、腰のところ。ルーカから見たら右にあるから、それで刺して」
「なに、いってんの…いやにきまって、」
「このまま腕を折ってくれてもいい」

手が痺れてきた。何考えてるんだ、あの男。わたしみたいなのが、男の子相手に敵うわけないじゃん。一発殴られたらKOだわ。

「ちょっ、ルーカ!」
「…っ、」

ぱっ、と、ルーカの手が離れた。手の下で、脈打つ感触がする。何でよ。やめてよ。

「安心しな。そいつを殺したら、うちで拾ってやるよ」
「その時は地獄に行くんでお構いなく!」
「フフ、面白ェ」

指先が首に沈む。耳鳴りがしてる。嫌だ。絶対に嫌だ。人殺しなんてどうでもいいけど、ルーカを殺すのは嫌だ。やめて。

「イゾウさん…っ、」

助けて。



***

「サッチ隊長も行くんですか?」
「ルーカと約束しちまったからな。どうにもならなくなったら助けに行くってよ」
「足引っ張んじゃねェよ?」
「あァ?誰に向かって言ってんだよ」
「はは、海軍が気の毒になるな」
「違いねェ」




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