08


起きたら昼過ぎだった。だって朝…空が明るくなり始めるまで酌してたんだ。よく起きれたよ。本当に。5,000じゃ割に合わなかった。

寝床は店の二回を借りている。賄い付き。これで食と住には困らない。衣は、ちょっと町で見てみよう。今日はお休みらしいから。白ひげの船が出航するんだって。

「折角だから、見送りくらい行ってやれ」

と。店長にはそう言われたけど、出航の時間は知らないし。昼過ぎまで寝てたし。店長は行ったのかな。

正直、この島で生きていくよりも、あの船の上の方がきっと楽しい。店長はいい人だし、いいお店だけど。
試しに港まで行ってみたら、人がめちゃくちゃいっぱいいて諦めた。いや、だって。皆背が高いんだ。わたしだって別に低いわけじゃないんだけど。と言うか、まだいたのね。日が落ちてから出航するの?屋台船かよ。

あんまりにも人が多いから、少し後ろに下がった。大して見えないけど、あの人混みの中にいるよりはまだ見える方。一応お世話にはなったわけだし、一生に二度も見られないだろうし。見送りもしないのは流石に不義理かなあって。

「やっと来たかよい」
「…?あれ、マルコさん。どうしたんですか?」
「どうもこうも、お前待ちだよい」
「はい?えっ、ちょっ、何ですか。わたし目立つの嫌いなんですけど!」
「ぐだぐだ言ってねェで、落ちたくなきゃ掴まってろい」

問答無用とばかりに肩に担ぎ上げられて、掴まる?掴まるって何に?どこに??この青いのは?掴めなくない?っていうか、熱っ、つくは、ない、けど、待って待って何すんの。予告を。次の行動を予告して、

「うわっ」

重力に逆らって、体が地面から離れた。あれだ。フリーフォールの上がるバージョン。安全バーも何もないけど。これ掴まってろって無理じゃない?釣り竿一つ握ってられなかったのに、…あー、ほら落ちた。

二回目ともなると精神的に余裕があるらしい。高さは同じくらい。鞄の中身が散らばらない程度の自由落下。前回と同じかこの野郎。足と背中どっちがましだろう。

「掴まってろって言っただろい」
「…いや、頑張ったほうです」

がっ、と腕を掴まれた。掴んで貰った?肩外れるかと思ったけど。青い翼と鳥の足。その鳥の足が私の腕を掴んでいる。いいなあ、それ。楽しそう。楽しそうだけど、文句はあるぞ。

「妙な顔してどうしたんだよい」
「いえ、色々訊きたいことはあるんですけど、何から訊いたらいいんですかね?」
「どれでもいいよい。時間はたっぷりあるからねい」
「ああ、じゃあ、それ…何でわたしが今この船にいるのかについて、詳しくお伺いしても宜しいですか?」
「…お前が船を降りんのが嫌だって言いだす奴がいてねい」

ガコン、という音で、錨が上がったのだと気が付いた。え、何。わたしこのままこの船に乗るの?

「ゾノに訊いたら、あいつももう一度海に出てェって言うもんだから」
「は?」

ぐるりと見回してみたら、にやにや笑う顔が並ぶ中、片手で謝罪する店長…元店長がいた。嘘だろ。休みじゃないじゃん。店仕舞いじゃん。でも、そんな満足気に笑われたら文句の一つも出にくい。

「イズルって言ったねい?お前、この船に乗る覚悟はあるかよい?」
「具体的に言ってもらわないと返答できません」

両手を挙げて、そう言えば一番最初の時も似たような問答をした。何者、という問いにそれはどういう意味だと訊いた。

「命を懸ける覚悟だよい。海賊である以上、常に死と隣り合わせだ。仲間が死ぬこともあれば、お前が誰かを殺すこともある」
「別にそんなの何処だって一緒では?どれだけ平穏な島にいたって、事故に遭う可能性も病気になる可能性も、誰かを殺したくなることだってあるでしょうよ」
「…上等だよい」

わたしの雑な回答は、及第点だったらしい。合図のように野太い雄叫びが上がった。いや、びびったわ。いきなり大きな声出さないでくれ。

振り返れば、島は随分と遠退いていた。わたしがそんな覚悟ないって言った場合、島に帰す気はあったんだろうか。

「お前は大丈夫だと思ってたさ。島に帰っても、おれはいねェしな」

ゾノさんは然もわかってました風に言ったけど、それについてわたしは幾つか言いたいことがある。やっぱり言いたい。黙ってるのは性に合わない。

「わたしは店は休みって聞いてたんですけど、これって詐欺じゃないですか?わたしの働いた分の給料はちゃんと頂けるんですか?大体、見送りしてやれってわたしが見送りに行かなかった場合のこと考えてました?」
「店を休んでんのは嘘じゃない。長期休暇なだけだ。給料はちゃんと払うし、イズルは見送りに行くと思ってた」
「考えてなかったってことじゃないですか…。何でそんな面倒くさいことしたんですか」
「予測つかないことの方が面白いだろ」

…あっそーですか。だから海に出るのね。



***

「あんたらを見てると、また海に出たくなります」
「出たらいいじゃねェか。オヤジもサッチも喜ぶ」
「でも、今はイズルもいますから」
「なら丁度いい。あいつを連れて行きたいって奴らが何人かいてな」
「…本気ですか?」
「見てりゃわかんだろ?」
「まァ、気持ちはわかりますけど…」
「ゾノ、お前船降りてから弱くなったな?腹ァ括って、とっとと荷物纏めな」




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