07


入れ代わり立ち代わり、連日大賑わいだった。全部白ひげ。毎日貸切。いつまでいるのか知らんけど、見知った顔がしょっちゅう来た。わたしがここで働いてると、誰かが喋ったらしい。態々会いに来るなんて、…うん。光栄ではある。

「イズ−!酌してくれー!」
「だから金払ってくださいよって!」
「宝払いで!」
「現金一括!」

余計な噂も広まった。わたしがサッチさんに酌をしなかったのが余っ程面白かったらしい。本当に、よくもまあ、皆揃って同じことを言うもんだ。芸がない。

「おい」

今日はイゾウさんが来ている。因みにロハンさんは連日来ている。暇か。変に絡んでこないから、いいお客さんではあるけど。

「酌してくれるか?」

だから、金払えってば!
お前もかと口を開きかければ、イゾウさんは紙幣らしき物を持ってにやにやしていた。まじか。物好きもいいとこだわ。

「くれるんですか?」
「金払えばいいんだろ?」
「…これ、どのくらいの価値があるんですか?」
「あ?」
「いや、わたし此方のお金って初めて見たんで。これで何がどのくらい買えるんですか?」

5,000。ベリー。日本円で同額なら、払い過ぎだと思う。私にその額渡すんなら、その辺のきれいなお姉さん引っ掛けた方が割に合う。わたしならそうする。

「お前、よくそれで金取ろうとしたな?」
「いや、払う人がいると思わなかったので…その辺できれいなお姉さん引っ掛けた方が良くないですか?」

たぶん、というか、イゾウさんなら酌からその先までお茶の子さいさいでしょうよ。流石に言わないけどさ。

「お前なァ…その辺の女に酌させて何が楽しいんだよ」
「さあ…?わたしは存じませんけど」
「…ゾノ、メニュー持ってきてくれ」
「はい」

素直な返事をして、店長がメニューを持ってくる。ゾノさん。昔白ひげの船でコックをしてたそうな。だから隊長たちに頭上がんないのね。わたしはまだ根に持ってるぞ。

「隣」
「はい?」
「座ったらどうだ?」
「仕事中です」
「問題ねェよ」

それあなたが決めることじゃないでしょ。別に立ったまんまで見えるんですけど。
持ってきたメニューをカウンターに置いたゾノさんを見上げれば、わたしが座るのを待っている。ような。イゾウさんは早く座れとばかりに椅子を引き寄せる。そうですか。何か、ちょっとやだなあ。

「文字は読めるか?」
「あ、はい」
「料理の名前と物はわかるな?」
「はい」

そりゃあ、もう散々見ましたから。そうして上から順に金額を言って、日用品だとか雑貨の話が出てくる。物価はそんなに変わんないんだ。変なの。

「それから」

ゾノさんが言葉を切って、小銭と紙幣を並べだした。1、5、10、50、100、500、殆ど円と変わらない。デザインは違うけど。そんな都合のいい偶然があってたまるか。いや、文句言ったってしょうがないし、別に悪いわけじゃないんだけど。

「まあ、一度で覚えろってのも無茶だろうが…」
「いえ、わたしが知ってるものと大差ないので。大体わかりました」
「そういや、さっきも言ってたな。こっちの金が初めてってことは、別の金は見たことあんのか」
「ありますよ。わたしの…国の?で、あってるんですかね。多少なら持ってますけど」

目で促されて、椅子から飛び降りる。カウンター裏の鞄から出した財布には、…おお、全種ある。何か払い込みとかあったっけ。

「へェ…殆ど変わらないな」
「で?これは何処の金なんだ?」
「…?わたしの国のです」
「その国ってのは何処だって訊いてんだよ」
「ああ…」

面倒くさいなあ。どうしようかなあ。別に嫌とかじゃないけど、面倒くさいなあ。だって作り話じみてない?信用されなかった時が一番面倒くさい。

「東の方にある、小さな島国です」
「東ってことは“東の海”か?」
「…そんな感じです」
「おい、誤魔化してんじゃねェよ。ちゃんと話せ」

…やだあ、この人。美人が凄むと怖い。リリーさんたちが言ってたのって、これのこと?参ったなあ。

そんなことを言っても仕方ないから、取り敢えず洗い浚い話してみた。“偉大なる航路”も“ひとつなぎの大秘宝”も、海賊…はいなくはないけど。大陸が六つあって大洋が三つあって、此処ではない場所にある小さな島国。

船にいる間、只々愛想良くしてたわけじゃない。違うところ、同じところ。当たり前に話す言葉と態度。彼方じゃ開こうともしなかった新聞まで読んで。刃傷沙汰が日常茶飯事の、所謂異世界の常識を学んで。
…こんなことなら、もっと色々持ってきたのになあ。着替えとか。

「何で言わなかった?」
「え、聞かれなかったから?ですかね?」
「…成程な。嘘はついてねェってわけだ」
「嘘つくのはあんまり得意じゃないんで」

さっきの今で言うことでもないけどな。だってさ。嘘ついたら嘘ついたことをずーっと覚えてなくちゃいけないじゃん。嫌だよ。絶対忘れるもん。

「ん」
「はい?」
「忘れたのか?酌」
「え、本気ですか?自分で言いたかないですけど、その辺のお姉さんの方が余っ程上手ですよ」
「だから言ってんだろ。お前がいいんだよ」
「…いや、言われてないと思いますけど」

すごい口説き文句だな。お代は貰ったからやるけど。知らないのかな。酒は手酌が一番美味い。

黙って杯を傾けていたイゾウさんに、一つだけ怒られた。怒られたって言うか、忠告された。あんまり珍しいもんを簡単に見せんなよって。日本円なんてもう価値がないと思ってたけど、別の価値がついたらしい。それを教えてくれるイゾウさんも、黙って返すマルコさんもそこそこお人好しだと思う。けど。

「…まだ飲むんですか」
「ん?制限はなかっただろ?」
「…次からは時給にします」
「ははっ、幾らでも払ってやるよ」
「イゾウ隊長、そろそろ閉店なんですけど…」
「あァ、なら船まで来てもらおうか」
「無理!出張は別料金!」
「幾らだ?」
「いや、もう…」

眠たいんですってば!



***

「何かイゾウのやつ、やたら機嫌よくねェか?」
「ああ、彼女に酌をさせたらしいぞ」
「彼女…?あ、ゾノの店の奴か?」
「イゾウに気に入られるとは気の毒に」
「でもあれだろ?金払えって言ってたぞ」
「その金を払ったんだろう。朝まで付き合わせたらしい」
「へェ…仲間になんのかなァ」
「それはオヤジ次第だが…目をつけられたんなら諦めるしかないだろうな」




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