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大きいとは言わないけど、きれいな町だ。わたしの手を引いて、マチはどんどん先へ行く。その気持ちが想像できないわけじゃない。わけじゃないけど。

「マチ、待って」
「…イズさん?」

手を引けばマチが足を止める。ごめん。待たせてばっかりでごめん。家はもうすぐそこなのにね。

「何かご用ですか」
「…見かけない顔だな。この島に船が停泊している報告は受けていないが」

何度も海兵とすれ違った。揃いの白い制服を着てるからわかる。けど、このコートを翻した海兵はただすれ違いに来たわけじゃないらしい。

「先日、行方不明になった子供と、特徴が一致します」
「詳しく話を聞きたいんだが、いいか?」
「この子を送り届けてからでも問題ない筈です」
「我々が、責任を持って家まで送ろう」
「いきなり現れて、子供を怯えさすような大人を信用しろと?」
「ちょっと、イズル」
「マチ、大丈夫。ちゃんと家まで送るよ」
「イズさん…」

ルーカが小声でわたしの腕を引く。冗談じゃない。しゃがんで背中を擦れば、首にしがみついてきた。初めて兄さんたちに会った時だって、こんなに怯えてなかったのに。それで正義の味方を名乗ろうなんて、とんだ笑い話だね?

「…すまない。その子の家は、この角を曲がってすぐだ」
「存じております」
「イズルってば…そんなところもかっこいいけどさあ」

泣き顔になってしまったマチの手を引いて歩く。たぶん、悪い人ではないんだろう。大きくないとは言ったけど、この人がいっぱいいる町で、わたしたちを見かけない顔と言った。マチの家の場所も知ってる。なら、何で売り飛ばされるような事態になったのかお伺いしたいけどな。無力で無能ならいてもしょうがないぞ。仕事しろ、仕事。

「あれ!マチのおうち!」

その白い壁を見つけるなり、マチは一目散に駆け出して行った。わかってたけど、あっという間過ぎてびっくり。小さな背中が扉の向こうに消えて、母親らしき人の声が聞こえて、少し寂しくて、でもそれだけ。良かった。ちゃんと帰れて良かった。

「…さて、どうにかしなくちゃね」
「いいの?」
「たぶん、このくらいがいいんだと思うよ?」

だって海賊だもん。そんな素性、お母さんたちが知りたいわけないじゃん。余計な情報はない方がいい。

「でも、」
「いいんだってば」

踵を返せば、困った顔でルーカがついてくる。海兵たちは角の所で待っていた。逃がしてくれる気はないらしい。参ったな。今いっぱいいっぱいなんだけど。

「イズさん!」

何度も聞いたその声に、つい振り返ってしまった。つい、癖で。名残惜しかったわけじゃない。
同じ色をした髪の女性が後ろからマチを抱き締めて、マチがいっぱいに腕を伸ばしている。もうやだ。泣かないで済むと思ったのに。

「イズル、」
「行かないよ。お母さんが心配する」
「イズさん、いっちゃやだあ!」
「…このまま別れたら、マチが悲しむよ?」
「うるさい。わかってる」

一つ息を吐いて、吸って、たった数歩の距離を駆け寄ったら、マチから飛び込んできた。きっと、もう二度とない。この海で別れて、また会える可能性なんて限りなく小さい。それも、こんな海軍基地のある島なんて。いっぱいいっぱい抱き締めて、それでも足りない。

「マチ、ありがとう。すっごく楽しかった」
「イズさんと、いっしょがいい…っ」
「わたしも、マチと一緒がいいよ」

腕を緩めて、涙でぐしゃぐしゃの顔を手で拭う。まあるい頬っぺに唇をくっつけたら、少ししょっぱかった。

「イズさん、」
「おまじない。マチにいっぱい幸せが来ますように」
「しあわせ…?」
「もし…、もしもね。もしも、また会えたら、…またいっぱいお話するから…っ」
「やだあ!うわああああああん」
「マチ、」
「やだあ!イズさんやだあ!」

それ、わたしのことが嫌みたいだぞ。ぎゅう、と抱き締めて離したら、お母さんがマチを抱き上げた。大分窶れてるみたいだけど、きれいな人だ。そして力持ちだ。

「マチを助けて頂いて、本当にありがとうございます」
「…いえ、助けたのわたしじゃないんで」
「え?」
「マチ。いっぱい寝て、いっぱい食べて、いっぱい笑って」
「やだあ!イズさん!」
「…またね」

それはわたしの願望で、その頃には忘れられてるかもしれなくて、でも嘘を言ったつもりなんかない。また連れて来てもらうもん。その時にマチが、わたしのこと覚えてたら。きっと会いに来るから。だから、ばいばい。



***

「マチ、このノートは?」
「…イズさんの、おはなし」
「あの子の…?」
「うわああああん」
「マチ!マチが無事だったって…マチ!」
「イズさああん!」
「マ、…イズって誰だ!?」




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