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エースさんが帰ってきた。正しく、マチの故郷だったって朗報を持って。そう遠くもない。良かった。めでたしめでたし。

とは、ならない。嬉しいね。この世界はいつだって、トラブルとイレギュラーを連れてくる。

「海軍支部?ですか?」
「あァ、海軍が基地構えて常駐してんだよい」
「それは、何となくわかりますけど」

マルコさんの部屋で、椅子に座ったわたしと、扉に凭れるイゾウさんと、ベッドに座ったマルコさんと。三人もいたら流石に狭い。そんでもって、部屋の主から椅子横取りしてる気分。ベッドでも床でもいいって言ったのに。気を使いすぎでは?

「おれたちはマチを送ってやれねェ。顔が割れてるからな」
「ああ、手配書が出てるから」
「島につけるくらいはできるだろうがねい」
「つまり、わたしが一人で行ったらいい感じですか?」
「一人で行かせるわけねェだろ。こないだのもう忘れてんのか」
「…毎日が楽しすぎて?」
「懲りろっつってんだろ、馬鹿。…ルーカも行かせる」
「ルーカですかあ…」
「あいつなら、海賊だなんて思われないからねい」

まあ、うん。そりゃ、そうだ。ぱっと見だけなら優男風だ。ガザさんなんか、顔見ただけで堅気じゃないなって思うもんね。荒っぽくて粗雑な感じ。

「イズル、手ェ出せ」
「…?何ですか?」

出した両の掌に、イゾウさんが乗せたのは短刀。そんなに大きくも重くもないけど、どう頑張ったって銃刀法には引っ掛かるような。…何でそんな、やたらと渋い顔をしてるのさ。

「…こんなもん持たせたかねェんだがな」
「顔に書いてあります」
「ルーカだけじゃ、流石に頼りないからねい」
「いいか、逃げる為に使え。かっとなったからって手ェ出すんじゃねェぞ」
「やだなあ、そんなに好戦的に見えます?」
「考えるより先に手が出るタイプだろい」
「間違っても海軍とやり合おうなんざ考えんなよ。絶、対、に」
「…善処します」
「絶対だって言ってんだろ」
「そんあこあいやくそくれきあせんよ」

つねられた頬っぺが痛い。わかってる。心配してくれてありがとう。でも、そんなわかんないことに、絶対なんて約束できないよ。約束破るような人間ではいたくないもの。

「…、島までは、どのくらいですか?」
「遅くて二日ってとこだよい」
「…わかってて黙ってました?」
「確定してなかっただけだよい」

確定してないのに、船はその島に向けて進んでたんだ。へえ。何て偶然。素敵ですね?イゾウさんが教えてくれてて良かった。心の準備もなしに、お別れは辛い。

「…悪かった。言いづらかったんだよい」
「言いづらくて、先伸ばしにして、謝らなくちゃいけないなんて大変ですね?」
「イズルが言うんなら、遅らせることもできるよい」
「…そんなこと、頼むわけないじゃないですか。マチが寂しい思いしてるのに、わたしが、そんなこと言うわけないじゃないですか」

わたしが言うんなら、なんて。ずるい。言わない。言えるわけがない。

「お前はそういうやつだよい」
「…ごめんなさい。いいんです。わかってたから。わかってたから、ちゃんと後悔ないように、いっぱい一緒にいたけど。それでも、わかってたって寂しいんです」

目から溢れそうな涙を、手の甲で拭う。泣き虫になった。こんな、向こうでだったら泣かなかったのに。泣いたってどうしようもないのに。



***

「おれ?」
「あァ、嫌なら他の手を考えるけどな?」
「嫌なわけないだろ。イズルとのデートだもん」
「…正直、ルーカが海軍相手にイズを守れるとは思ってねェ」
「うん。自分でわかってる」
「その上、イズは喧嘩っ早いとこがあるから心配で心配で堪らねェんだが…」
「もしどうにもならなくなったら、その時は助けに来てくれるんでしょ?サッチ隊長?」
「…イズもそのくらいだといいんだけどなァ」




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