107


ロハンさんが読み聞かせしている。さっきはリタさんだった。何というか、気に入ってもらえてるみたいで何より。

「珍しいな?」
「そりゃ、…隣で聞いてたら恥ずかしいじゃないですか」

読みづらいだろうしね。隣に座ったイゾウさんが笑う。でも、気持ち的には少し楽なんだよ。毎日新しい話を考えるのもそうだけど、ずっと面倒見てるのって大変。何で教育機関があるのかわかった。

「マルコから聞いたか?」
「何をですか?」
「…聞いてねェのか」
「だから何をですか?」

眉を寄せて、一瞬考える素振りをする。そこまで言ったんなら言ってよ。気になるじゃん。

「マチの故郷が見つかったかもしれねェ話」
「…かもしれない話?」
「今エースが確認しに行ってるってよ」

それは、…それは良かった。嬉しい。嬉しいけど、少し寂しい。そこがマチの故郷であってほしいけど、もうちょっと一緒にもいたい。

「思ったより驚かねェな」
「マルコさんの名前が出たら、何となく予想はつきますよ」
「マチにはまだ言うなよ」
「たぶん、マルコさんはわたしに言うつもりもなかったと思いますけどね」
「…おれが言ったって言うなよ」
「ふふ、はあい」

イゾウさんが口滑らすなんて、珍しいこともあるもんだ。別にマルコさんも隠してたわけじゃないだろうけど。わたしがいっつもマチと一緒にいるから。

「あの、イズさん…」
「はあい」

ロハンさんと一緒に、マチがおずおずやってきた。腕を広げたら、ロハンさんの手をきゅ、と握る。ちょっと傷つくぞ。嫌われることしたっけ。もしかして今の聞いてた?

「…あー、イズ」

ロハンさんが視線だけでイゾウさんを見る。何、別に機嫌悪かったりなんてしな、…い?

「イゾウさん、顔」
「…何だよ」
「そんな顰めっ面してたらマチじゃなくたって怖がられますよ。マチ、大丈夫。おいで」

しゃがんだロハンさんに背中を押されて、マチがわたしの膝の上に乗る。ぎゅう、と抱き締めたら体の力が抜けた。そりゃ怖いわ。流石、美人は迫力が違う。ロハンさんを見習え。

「あのね、ロハンさんがよんでくれたの」
「ふふ、良かったね。何読んでもらったの?」
「これ!おはなのはなし!」

へえ、これ好きなんだ。意外、と言うほど予測なんかしてなかったけど。お母さんのこと思い出しちゃうじゃないかって思ってたから。意外。

「マチ、この話好き?」
「すき!…あのね、でもね、イズさんがよんでくれるのがいちばんすき」
「そうなの?嬉しい」
「ロハンさんにはないしょ」
「うん。内緒ね」

聞こえてるけどな。ロハンさんも苦笑いだわ。わたしは好きよ。ロハンさんの読み聞かせ。不器用そうな感じが素朴で良いと思う。

「ねえ、イズさんよんで?」
「どれがいい?」
「んっとね、これ!」

…ふーん。マチの頭を撫でて、イゾウさんを振り返る。まだ顰めっ面してる。子供苦手か。あんまり意外性はないな。

「イゾウさんもね、この話好きなんだって」
「は?」
「イゾウさんに読んでもらう?」
「おい、イズル」
「マチが嫌だったら、わたしが読んであげる」
「…でも、イゾウさんおこってる」
「マチが可愛くて困ってるだけだから大丈夫」

視線が痛い。けど、怒ってる時はもっと怖い。し、何か、人見知りらしいから。子供なんてそうそう接しないから、余計にどうしていいかわかんないんじゃないの。知らないけど。

「…どれだ」
「イゾウさんの好きなやつだそうですよ」
「あの、おおきいいわのおはなし…」

わたしの服を掴んで、ちょっと泣きそうなマチを抱え直す。ロハンさんはそそくさとどっかに逃げてった。そういうとこだぞ。

「マチ、イゾウさんの膝行く?」
「ぅ…、イズさんがいい…」
「…お前、後で覚えてろよ」

あは。ちょっと調子に乗ってしまった。こんなこと滅多とないから。

「…ある、山に、大きな大きな、」



***

「何だあれ」
「イズが一番楽しそうだな…?」
「おい、誰かカメラ持ってこいよ」
「は?お前死ぬ気か?」
「だって何か親子みたいだろ。残しておきたいじゃねェか」




prev / next

戻る