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かりかりかりかり、ずっと文字を書いている。その隣で、イゾウさんが頬杖をついている。いや、そりゃあ部屋の主ですから?いることに何ら文句なんかないですけども。視線が邪魔。やりづらい。

「…楽しいですか?」
「あ?」
「こんな文字書いてるだけの、見てて楽しいですか?」
「楽しいに決まってんだろ」

…そんな食って掛かられても。一旦ペンを置いて伸びをする。体がばきばき言ってる。こんなことなら最初からちゃんとしておけば良かったかな。いや、でもそんな、まさか本にするなんて思わなかったしな。

「ここ最近は、ずっとマチと一緒だったしな」
「そりゃ、まあ。そうですけど」
「もうちょっと、恋人を気にかけてくれると嬉しいんだがなァ?」
「…イゾウさんもマチと一緒に遊んだらいいじゃないですか」
「おれが行ったら、マチが怖がるだろ」
「はい?」

何て?そんな、そんなこと気にしてたんだ?怖がってたっけ。何ならガザさんとかの方が余っ程悪人面だけど。

「意外と繊細ですね?」
「イズルのが感染ったかもな」
「…減らず口ばっかり」

机に散らばした紙から、イゾウさんが一枚手に取る。只の白紙に書いてるから、文字も斜めになるし、余白もきちんと揃わない。…わたしの精一杯だ。書き直しても、たぶん変わんない。

「いいな、この話」
「どれですか?」
「この、大きな岩の行く所、ってやつ」
「へえ、ありがとうございます」
「イズルみたいだ」
「はあ?」

紙を覗き込んだ頭をイゾウさんが撫でる。撫でながら、視線は文字を追っている。何、どれがわたしみたいだって?蛙か?

「まあ、作者はわたしですから」
「こんなん思いつくんだからすげェな」
「…ありがとうございます」

褒めたって何も出ないぞ。イゾウさんは紙を置いて、別の紙を取る。恥ずかしいな。隣で読まれんの。

「これ、幾つ作んだ?」
「幾つとは?」
「本」
「…マチと、あと自分用にひとつくらいは欲しいなあ、とは」
「おれも欲しい」

…嫌な予感したよ何となく!質問の雰囲気!やだよ。恥ずかしい。序でにそんなに書いたら腱鞘炎になる。既になりそうなのに。

「やだ」
「何で」
「面倒くさい」
「あ?あァ、写すのは自分でやるさ」
「え、やだやだやだ。著作権侵害。違法コピーとかやめてください」
「何言ってんだ?」
「何でもないです。やだって言ったら嫌ですってば」
「イズル」

わたしの頭を抱き抱えて、額に頬を寄せる。すぐ。すぐそうやって懐柔しようとする。やだって言ったらやだってば。やだ。

「…リノンにはやって、おれにはねェのかよ」
「何でリノン…?」
「リノンにやっただろ。部屋の札」
「いつの話してんですか」
「うるせェな」
「あー、じゃあ、札作りますよ」
「これがいい」

そんな無茶苦茶な。強情にも程がある。子供か。

「…わかりましたよ。勝手に写してください」
「イズルのやつと交換な」
「は?」
「おれが写したやつをイズルにやるから、イズルが書いたやつをおれにくれ」
「…わかりましたってば。好きにしてください」

ああ、もう。ちょっと甘いんじゃないか、わたしよ。そんな満足げに笑わないでよ。



***

「あれ、イズどうした?」
「イズならイゾウの所で執筆中よ」
「執筆中?」
「おはなし、マチにくれるんだって!」
「イズが作ったお話を本にしたら、って言ったら、ちゃんと書き直すって言うから」
「あれ、イズが作ってんのか…」
「おれはてっきり、イズの国の話だとばっかり…」
「言っておくけど、マチにあげる為よ。あなたたちの分まで書かせたら、また寝る時間がなくなるでしょ」




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