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雷様に始まって、夕陽が赤くなったわけ、何にもない島と花の話、亀と冒険した女の子、千年を生きた大樹、大きな岩が海へ行く話、色を吸って真っ黒になった烏、漁師に育てられた小さな鯨、無力なてるてる坊主、蝶に憧れた花弁。夜な夜な、マチが寝てからペンを取る。そんなね、頭でぱっと思いついて覚えておくなんてできないから。

「マルコさん、紙ください」
「…お前、まだ起きてんのかよい」
「マルコさんだって起きてるじゃないですか」

久しぶりに帰ってきたところに、些か申し訳なさは感じる。けど、そんなことも言ってられない。一回特別を作れば二回目がある。二度あることは三度ある。わかってた。話が足りない。そろそろネタが尽きる。というか元々ない。

「これで幾つ目だ?」
「さあ?数えてないです」
「…マチだって、イズルにしんどい思いして欲しいわけじゃねェだろい」
「別にしんどくないです。話してる時はマチが楽しそうにしてるし、わたしたぶんこういうの好きです」
「だからって無茶し過ぎだよい」

マルコさんがとんとん、と自分の顔を叩く。何…?

「ちゃんと寝てねェだろい。顔色悪いよい」
「灯りの加減では?」

適当に笑うと、マルコさんが眉を寄せる。やっぱり?ちょっと自覚ある。食欲が落ちてきたとか、動いてて疲れやすいとか。でも、マチが寂しそうな顔をしてることがあるんだよ。たぶん、増えてる。そりゃあそうだ。当然だ。早く帰りたいに決まってる。けど。

「偶にはイゾウんとこでも行ってきたらどうだ」
「何で?ですか?」
「息抜きくらいにはなんだろい」
「そうですねえ…考えておきます」

行かないけど。睨まないでよ。甘えちゃうから嫌なんだよ。一回気が抜けると立て直すの難しいから。もうちょっと頑張りたいんだよ。だって、この先ずっと、一緒にいられるわけじゃないんだもの。

「倒れたりすんじゃねェよい」
「そんな柔じゃないですよ」
「どうだか」

だって何にもできないんだよ。わたしは。本当に、全部任せて待つしかできないんだよ。



***

「明日は何の話だろうなァ…」
「お前、楽しみにし過ぎだろ」
「…だってよ。何かこう、ほっこりするっつーか、温かくなんだよ」
「わかるけどな」
「一番好きなやつ何だ?」
「おれはやっぱり雷様の話だな」
「こないだのてるてる坊主も良かっただろ」
「おれはあの、樹の話がオヤジと重なっちまって…」
「やめろ。泣くぞ」




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