06


「よーっす、来たぜー」
「いらっしゃいませ」

振り返ればぞろぞろと、扉を鳴らして入って来たのはやたらと見覚えのある顔。持ってくだけって、そーいうことですね。貸切ですか。豪勢だな。そんなに大きい店でもないけど。

「あれ、イズじゃねェか。何やってんだ?」
「就職活動?ですかね?」
「おい!これ運べ!」
「はあーい!」

出されたジョッキを片手に三つずつ持つ。もう手は痛くないし、このくらいなら慣れたもんだ。途端に人でごった返す中を、何度も何度も往復する。居酒屋の宴会と一緒だな。会社員じゃないだけで。
飲み物を運び終われば、今度は料理のラッシュ。如何せん皆よく食べる。特に、あの、上裸の人がいる席。持ってく側からなくなってく。

「イズ!酒くれ!」
「はあーい!」
「これも持ってけ」
「同じとこでいいですか?」
「ああ」

怒涛だけど、楽しいな。こういう、頭フル回転させなきゃいけない仕事は。すぐ飽きるけど。

暫くして、飲み物も料理も漸く落ち着いたころ。いや、相変わらずえらいペースで飲んでるんだけど。そんな難しい、やたらお洒落なものを飲んでるわけじゃないから何とかなる。でもこれ一人で捌くの無理じゃない?店長すごい。

「お前、あれか?マルコの言ってた奴か?」
「はい?」

マルコ…?聞いたことあるな。てことはあの船の誰かだな。言ってたって何言ってたんだ。ていうか、さっきまで皿に突っ伏してなかったっけ。

「こいつあれだよ。魚に引っ張られて海に落ちた奴」
「あれはやばかったな!ロハンがおろおろしててよ!」

へー。ロハンさんおろおろしてたんだ。それは見たかった。

「お前、こいつらと知り合いか?」
「…ちょっとだけ?」
「…ふ、成程な」

何が?何が成程?そんな笑う要素あった?
また扉が鳴って、お客さんが入って来た。…ああ、マルコって、そっかこの人か。

「…お前、こんな所で何やってんだよい」
「就職活動です」
「あれ、イズじゃねェか!何やってんだ?」
「就職活動です」

別にいいけど、皆同じこと聞くね?気持ちはわからんでもないけどさ。何回目よ。

「マルコ隊長、サッチ隊長、ご無沙汰してます」
「おう、元気そうで何よりだ」

カウンターに並んで腰掛けた所に、店長が酒を出す。これは、わたしがいない方がいいやつだなあ。昔馴染みとかそんな感じだ。

「おーい、どこ行くんだよ」

後ろから腕を掴んだのは、サッチさんだ。手がでかい。このまま握られたら折れそう。

「…お皿が空いたようなので下げに行こうかと」
「ふーん、相変わらず真面目ちゃんやってんのな」

…あ?いや、小まめに片さないと大変なんだよ。知ってた?洗い物って溜めるとまじで地獄。わたしが洗うのか知らんけど。
些かの情けを求めて店長を見たら視線を逸らされた。おい。嘘だろ。見捨てるのか。

「それはいいから、隊長さんにお酌してくんない?」
「え、ここってそういう店ですか」
「…いや、違う」
「固いこと言うなって。いいだろ?」

…いいだろ?あんたわたしのこと馬鹿にしてるな?わたしはもうあんたらに敬意を払わなきゃならない立場じゃないぞ。客は選ぶ。いい客にはいいサービスを。金に見合った分だけだ。

「…じゃあ、お金払ってください」

にっこり笑って言えば、返ってくる言葉はない。そのぽかんとした顔を見て、あ、こいつ馬鹿だな、と思った。本気でわたしが、ただで酌をすると思ってたらしい。

「…、お前いい度胸してんなァ」

些か冷や汗をかいていたら、そう言ってサッチさんが笑い始めた。隣でマルコさんも顔を背けている。当ったり前だ。自分で自分の価値を貶めてどうする。只でさえ少ないのに、そう簡単にばら撒くわけにはいかない。

「おーい、酒くれー!」
「はあーい」

緩んだ手から抜けて、ジョッキを回収する。序でに空いた皿ももらおう。腕が無事でよかった。

「サッチ隊長と何話してたんだ?」
「え、お酌してくれって言われたので、じゃあお金払ってって、」
「なっ、お前本気か!?」
「えっ、何ですか」

何ですかなんて訊くんじゃなかった。隊長たちが如何にすごいかを得々と説かれた。いや、知らんし。私は別に船員でも隊員でもないし。何でもいいけど、酒はいらんの?



***

「ざまァないねい」
「一瞬すげー目で見られた」
「何でこの店で働いてんだよい」
「向こうから働き口探してるっつって、声かけてきたんですよ」
「ははっ、お前に?強面で不愛想なお前に?」
「…放っといてください」
「あー、いいなァ。その辺の海賊なんかより、余っ程肝が据わってる」
「うちの店員に、手ェ出さないで下さいよ…」




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