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船が来るまで二日かかった。エースさんと、いつ来てたのかマルコさんは先に帰ったらしい。マルコさんはわかるよ?鳥だもの。エースさんはどうやって来たの。泳げないんじゃなかったの。

「で、そのガキはどうすんだよい」
「…故郷に送り届けたりとかできたりしませんでしょうか」

一緒の宿で寝起きした。ご飯も食べた。町も歩いた。そもそも、あの奴隷船で目が覚めた時から一緒だった。情が移っても仕方ない。…やたらとイゾウさんの視線が冷ややかなのは後で考える。今は、マチが先。

「わかってんのか?おれたちは海賊だよい」
「それが断る理由になるなら、わたしが押し通す理由にもなります」
「下らねェ理屈並べんじゃねェ。おれたちは犯罪者だって言ってんだよい」
「カンダタって知ってます?人を殺して地獄に落ちたような大悪党ですけど、一匹の蜘蛛を殺さずに逃がすっていう」
「何の話だよい」

知らない?蜘蛛の糸。どんな悪党にも良心があるって話。ああ、でも芥川龍之介がいないのか。そりゃ知らないわ。マチがわたしの手を握る。わたしなんかより余っ程甘え上手。小っちゃい子苦手なんだけどね。

「海賊船に乗るのが、そいつの為になんのかよい」
「それはマチに聞いてみないと存じませんが」
「…お前、ふてぶてしくなったねい?」
「そりゃあ、一週間も奴隷船にいればマルコさんなんか怖くないですもん」

眉間に皺を寄せたマルコさんに笑みを返す。本当のことだもの。わたしは、この船の人が、わたしに危害を加えないと知っている。なけなしの可愛げもなくなった感じだ。愛想尽かされたらどうしよう。

しゃがんで目線を合わせれば、マチがぱちりと瞬く。愛嬌あるよなあ。ちょっと分けてほしいくらい。

「マチは海賊ってわかる?」
「…わかる」
「海賊船に乗るか、…他の選択肢って何があるんですか?」
「海軍に引き渡すんだねい。正直、それが一番真っ当な手段だよい」
「わたし海軍て会ったことないんですよね。信用できるんですか?」
「…たぶんな」

たぶんか。でもまあ、お役人もピンきりよな。海賊も、人間皆そう。

「マチ。わたしと一緒に海賊船に乗るか、一人で海軍の船に乗るか、どっちがいい?」
「誘導すんなよい」
「間違ったことは言ってません」
「…あの、イズさん」

小さな声に視線を返して答える。少し口ごもって、視線がきょろきょろ動く。やっぱり海軍の方がいいかな。所謂警察みたいなもんだよね。市民の味方。わたしの敵。

「あの、ね。あの、イズさんといっしょがいい」
「…だそうですよ?」
「勘弁しろい…」
「あっ、あの、ちゃんといいこに、します!」
「充分いい子だもんね」
「イゾウ、いいのかよい」
「イズルがそうしたいんだろ?」
「…このバカップルが」
「あァ、その代わり」
「はい?」

肩に置かれた手に振り返れば、一言囁いてタラップを上がっていった。いや、何か怒ってるのは知ってた。ずっと同じ顔で笑ってたから。でも、あの、…逃げちゃ駄目かなあ?わたしわかりましたって言ってないんだけど。



***

「なあに?イズの子供?」
「んなわけねェだろ。同じ船に乗せられてたんだと」
「イズがお姉さんしてるなんて新鮮ね」
「可愛いじゃない。何が不満なの?」
「…ガキの前で叱り飛ばすわけにいかねェだろ」
「ああ、そうね。キスも何もできないわよね」
「構ってもらえなくて拗ねてるの?」
「ま、こっちがどのくらい心配してたかなんてわかんないわよね。イズだもの」




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